II ゼノビアの聖騎士

 デニムは、眼を輝かせた。
「……じゃあ、ランスロットさんたちは、革命に成功したんですね」
 二年前、ヴァレリアの東方にある、ゼテギネアという大陸に新しい王国が誕生した、という話は、噂としてデニムも聞いたことがあった。恐怖政治を布き、多くの人々を苦しめ、死なせた悪しき帝国を打倒し、建国された国だと。
 今、デニムの目の前にいる聖騎士は、その、王国建国の戦いの功労者の一人だった。そして、占星術師ウォーレン、風使いカノープスも同じく。
「もう、二年も前のことだよ」
 ランスロットは苦く笑ったようだったが、その表情は暁闇に隠れて、はっきりとは判らなかった。夜陰に紛れての行軍の目的地は、アルモリカ城。
 ただ、ガルガスタンの鼻先を引っ掻き回す程度のゲリラ活動しか出来なかった自分達だが、今は違う。大革命の成功者達が、味方についてくれている。出来るかもしれない。自分達も革命を成功させることが。
 そうデニムの心は高揚し、沸き立った。そして、いずれは詳しく彼らの話を聞かせてもらいたい、とデニムは思った。
 もっとも、しかし、との微かな疑問も、同時にわかないでもなかった。
 新生ゼノビア王国が建国されると、ランスロットは聖騎士団団長に、カノープスは魔獣軍団団長に、ウォーレンは魔法団団長に、それぞれ任命されたという。そのような、ゼノビアにとっての第一級の超重要人物達を、そんなに簡単に追放などしてしまえるものだろうか?ランスロットは、騎士団の不祥事の責任をとった、と言うが。
(でも)
 と、すぐにデニムは疑問を折り畳み、思い直した。
(別にいいじゃないか。今はそんなことどうでも)
 少なくとも今は。歴戦の勇士達が、自分達に力を貸してくれると言うのだから。
「城が見えてきたぞ!」
 低空を飛んでいたカノープスが、そう告げた。
 港町ゴリアテを出発する時には、深まりつつあった夜の色は、すっかり朝の白い光に染め上げられようとしていた。
 すぐにでもアルモリカ城を攻めよう、と主張したのはヴァイスだが、ランスロット達は、それにあっさりと賛成した。それというのも、「公爵処刑」の噂に、流言工作の臭いを感じたからである。正式な公布よりも、噂だけが先行するのは妙だ、と。とすれば、罠の可能性は非常に高い。ガルガスタン側も、手ぐすね引いて待ち構えているだろう。ならば、何時どんな時間に行こうと、戦闘は避けられまい。それなら、士気の高いうちに行った方がいい――理由はそういうことだが、あえて口にしなかったのは、妙な気負いを、若いゲリラ達にかけることを慮ったからに他ならない。
 アルモリカ城は、その規模に対して、城門が正門の一つしか設置されていない。守備側とすればここを死守すれば良いわけだが、それは裏を返せば、ここを抜かれると、敵に一気に城内に雪崩れ込まれるということである。当然、警戒は厳しいに違いない。
「……デニム……」
 カチュアが、不安そうにデニムの腕を掴んだ。
「姉さんは、ここで待っているかい?」
 意地悪くなく、デニムは訊いた。即座に、カチュアは首を振った。
「いいえ、一緒に行くわ。あなたが怪我をしたら、私が治してあげる」
「ありがとう、姉さん」
「行くぞ!」
 ランスロットが、かつては幾多もの軍勢に対して下していただろう号令を、今は数人の仲間にかけ、剣を抜き放った。長剣の刃が、黎明の光を浴びて、美しいほどに煌いた。同様に、ミルディンとギルダスも剣を抜く。ヴァイスが気負いこんで前に出かかるが、サッとそれを、ミルディンが片手で遮った。
「何だよ!」
 不平を満面に漲らせて、ヴァイスはミルディンを睨んだが、ミルディンは顔色一つ変えずに、視線だけを動かして、城門の方向を示した。
 一個小隊ほどの人数が、城門前にわだかまっていた。それにギクリ、としたのは若いウォルスタ人たちだけで、ゼノビア人たちは平然としたものだった。既に予想していたことだ。
「やれやれ、やっぱりお出迎えご苦労さん、だ」
 カノープスはそう言って、ニヤリと笑った。
「貴様ら、ゴリアテに巣食うゲリラの奴らだな。公爵を助けに来たか?」
 ガルガスタン人の城門守備部隊のリーダー、下愚のバパールは、勝ち誇った風で吼えた。
「おい。野郎ども、そのガキどもは、ニ千ゴートの賞金首だ!捕らえた者には半分やろうッ。罠にかかった愚か者の首を切り離すのだ!」
「罠だったのか……」
 デニムは、軽く唇を噛んだ。その様子に、バパールは大笑した。
「ロンウェー処刑のウワサに釣られてのこのこやってくるとは愚かな。貴様らゲリラの生き残りを葬るために我々が流したニセ情報とも気づかねぇとはなぁ。クックック」
 だが、バパールが、悦に入った笑い声を立てていられたのは、そう長い時間ではなかった。
 まず、ミルディンが流麗ともいえる剣捌きで、ガルガスタン軍を斬り裂く。
 そして、ギルダスが、その手にする両手持ちの大剣で、豪快に敵を打ち砕いていく。
 カノープスが、紅い翼をばっと広げ、空に舞う。敵を翻弄しながら、的確に仕留めていく。
「闇を住処とし狂気を食らう夢魔どもよ、死の眠りへ誘え!ナイトメア!」
 怒号と刃鳴りの飛び交う中、老人とも思えぬ、朗々としたウォーレンの声が響く。その魔法の威力をまともに浴びたガルガスタン兵が、ばたりと昏倒する。
「凄い……」
 半ば呆然として、デニムはゼノビア人たちの戦いぶりを眺めていた。傍観するつもりではなかったのだが、予想を遥かに越える東方からの来訪者達の強さに、そういう形になってしまったのである。
 中でも、デニムの眼を捉えて離さないのが、聖騎士ランスロットの姿だった。一合と剣を合わせる間も無く、敵兵を斬り伏せるその個人の武勇もさることながら、常に戦場に目を配り、味方に冷静な指示を与え、しかも傷を癒す魔法まで操るランスロットに、デニムは強い憧れを感じた。
「デニムッ、危ない!」
 悲鳴のようなカチュアの声に、デニムはハッ、と我に返った。目の前にガルガスタン兵が迫ってきていた。デニムを組しやすい相手と見たらしい。辛うじて、デニムは横っ飛びに跳んで、振り下ろされてきた剣を躱した。もっとも、完全に、とはいかず、右腕を軽くかすられたが。今度は猛然と突き込まれてきた剣を、デニムはすかさず手元で払いのけた。それから反撃に転じ、デニムは剣尖を相手の首筋めがけて叩き込んだ。ガルガスタン兵は、血煙を上げて倒れ伏した。
「大丈夫、デニム!?」
「僕は大丈夫だよ、姉さん。それより…」
 主戦場では、ほぼ決着がついていた。バパールが予想もしなかった形で。残らず倒されたのは、ウォルスタ人のゲリラ達ではなく、バパールの配下のガルガスタン兵の方だった。
 その原因は。明らかに異国風の武装を身に着けた騎士達。その、恐るべき強さのせいだ。
「貴様ら…、この島のモンじゃねぇな!ローディスのヤツらか!?」
 バパールは、せめて敵の一人ぐらいは倒してやると思ったのか、自分一人になっても逃げなかった。それを勇気と称えるべきだろうか。
 否。
 バパールが無闇に突っ込んでいった相手は、聖騎士ランスロット。身の程を知らぬ蛮勇は、正しく報われる羽目となった。
 バパールの斧が振り下ろされる前に、身動ぎもせずにランスロットは剣先を跳ね上げた。ランスロットの剣が白光の軌跡を描き、バパールの顎の下を深く斬った。
 噴き出した血が、狭霧となって周囲を淡い赤に染めた。
「ぐふっ、このオレ様がやられるとは。つ、ついてねぇな…」
 という呻き声を残し、ガルガスタンの城門守備隊隊長は倒れた。
 何事も無かったように、ランスロットは剣を一閃して剣に付着した血糊を落とし、振り向いた。
「よし、このまま中へ侵入するぞ。用心してくれッ」
 そのランスロットの声に応じて、ミルディンとギルダスが城への扉を開いた。
「デニムたちは、あまり無理をするな。オレたちの後にいればいいッ!」
 デニムとヴァイスは、小さな傷をたくさん作って、カチュアのヒーリングを受けていたが、カノープスに言われて、置いて行かれまい、と慌ててゼノビア人達の後を追って走り出した。

 ガルガスタン軍の騎士アガレスは、焦っていた。城門が突破された、という報告を、はじめは信じていなかった。しかし、段々と近づいて来る走る足音、剣の打ち合わされる音、人の倒れる鈍い音……。いずれもが、平素ならばありえない音だった。その幾つもの音が、報告の正しさを証明しているではないか。
 やがて、アガレスの陣取る玉座の間の扉が開かれ、数人の人影が流れ込んできた。
「むむ…、ニバス様のおられぬときにこのようなことになろうとは…」
 アガレスは歯噛みした。しかし、さすがに代理とは言え、一城を任された立場である。すぐに気を取り直した。
「皆のもの、よく聞けいッ。相手はあのバパールを倒した者どもだ。侮ると痛い目にあうぞッ。このアルモリカ城をゲリラの手に渡してはならんッ。いまこそ、ガルガスタンの誇りを見せるのだッ!」
「何言ってやがる。他人様の城に勝手に居座ってる分際で。盗人猛々しいぜ」
 ヴァイスが吐き捨てる。
 アガレスの号令一下、ガルガスタン軍が侵入者達を排除するべく、突撃を開始した。
 もっとも、果敢だからと言って、圧倒的に不利な条件を覆せるわけではない。アルモリカ城を攻めたゲリラには、アガレスが思いもつかないほどの圧倒的な強さを持った騎士達がついていたのだから。何故、ウォルスタのゲリラがここまでやって来れたか。その理由に気付かなかったのが、ガルガスタン軍の不運だった。
 たちまちのうちに、ガルガスタン軍は斬り倒され、討ち伏せられ、その数を減らしていった。いっそ爽快なぐらいである。
 いくらバパールを倒したとはいえ、たかがウォルスタのゲリラ程度の者どもに、これほどの力がある訳が無い。と、頭の奥が眩みそうな思いだったアガレスは、遅まきながら、一人の騎士が胸につけている紋章に、ようやく気付いた。ウォルスタでも、ガルガスタンでも、バクラムでも、そしてローディスのものでもない。その騎士達が、ウォルスタ人に味方して、恐るべき強さでガルガスタン軍を蹴散らしているのだ。アガレスは、白銀の鎧を纏った騎士に、大声で呼ばわった。
「異国の騎士よ。どこの者か?何故、この島の争いに関わるのだ。これは我々ガルガスタンとウォルスタの父祖の代より続く争いだ。縁なき者の来る地ではない。それとも、貴殿らもローディスのようにこのヴァレリアを望むのか?答えられよッ!!」
 最後の言葉は絶叫に近かった。聖騎士ランスロットは、戦いの最中とも思えぬ、静かな声で答えた。
「我らは国を捨てた者どもだ。故に自身の信条でこの若者らの手助けをしている」
「オレたちは傭兵の仕事を探している。あんたが雇ってくれるのかい?」
 風使いカノープスが、茶化すように言う。無論、相手が受け入れることなど無いことを承知の上で、茶化す口調で。すると、やはり案の定、ナショナリズム的返答があった。
「我々は我々の力のみで、事をなすのだ。よそ者の力など必要ない」
「なら、話は簡単だ。公爵とやらを助けてたいそうな褒美をもらうとしようッ」
「金のために戦うのか。愚かなッ。ならばここで果てるがよいッ!」
 しかし、愚かなのはどちらであったか。アガレスは、バパールと同じ愚を犯した。すなわち、逃げもせずに、聖騎士ランスロットに一騎討ちを挑んだのである。そして、結果も異ならず、アガレスの斬撃は空を切り、ランスロットの斬撃は鋭く迅り、アガレスは宙に血の花を咲かせてのけぞった。
「く…、ウォルスタのブタどもに負けるとは…。む、無念だ…」
 守将が一撃で倒されたのを見て、残るガルガスタン兵達は、算を乱して逃げ始めた。ヴァイスがそれを追おうとしたが、ランスロットは剣を鞘に収め、
「逃げる者は放っておいた方が良い。窮鼠、猫を噛むという言葉もあるしな。それより、もっと大事なことがあるんじゃないのかい?」
 やんわりと、ヴァイスにここに来た目的を思い出させた。
「そ、そうだった。公爵様は、きっと地下牢だ!」
「そう危険なことはもうないとは思うが、念の為、ミルディン、ギルダス、彼等についていってやれ」
「はっ」
「承知」
 ランスロットに向かって、ミルディンは軽く一礼し、ギルダスは騎士らしくもなく、右手の親指を立てて見せた。
「ランスロットさん達はどうされるんですか?」
 デニムは訊いた。
「私達は、ここで警戒に当たる。さ、行きたまえ」
 ランスロットが、自分達の立場に配慮してくれていることに気付くには、デニムにはまだ、人生の経験が足りなかった。それでも、ランスロットが好意を示してくれているのは明らかだったので、デニムは有り難くその好意を受けることにした。
 地下牢へと続く階段から、地下牢へ至るまで、ガルガスタン兵とは何度か接触したが、監督官代理のアガレスが戦死したことを知らずとも、敗戦空気というものは伝染するものらしく、相手はほとんど戦意を喪失していた。城からの離脱をはかる者ばかりで、稀にデニム達に向かって来る者もいたが、それらは全てミルディンとギルダスに倒された。
 地下牢の前には牢番が二人いたが、デニム達に先行するゼノビアの騎士達にそれぞれ斬り捨てられた。
 ギルダスは、倒れた牢番の腰から鍵束をちぎり取って、デニムに放り投げた。
「ほらよ、お前達が助けてやんな」
「は、はいッ」
 やや上ずった声でデニムは答え、ヴァイス、カチュアと共に手分けして、幾つか並んだ牢の中、ロンウェー公爵が囚われている牢を捜し始めた。
 さほど長い時間はかからなかった。一つの牢に、幽閉されて久しいと見える、壮年の男が閉じ込められていた。デニムは興奮に震える手で牢の鍵を開け、中へと呼び掛けた。
「公爵様、ジュダ・ロンウェー公爵様ですね?お助けに上がりました」
 ……こうしてウォルスタ人の指導者、ロンウェー公爵は虜囚の身から解き放たれ、ヴァレリア島の戦乱は、新しい激動を迎えようとしていた。新たに誕生した、若き英雄の名と共に。

 ロンウェー公爵の救出から一週間。デニム達は、賓客の待遇でアルモリカ城に滞在していた。半年振りにウォルスタ解放軍に復帰したロンウェー公爵は何かと忙しく、対面の時間が取れるまで待っていて欲しい、と要請されたからだ。
「ほら、ここはこう、もっと腋を締めて、切っ先は上げて……」
「おおー、やってるやってる」
 窓から下を覗きこんで、カノープスが暢気そうな声を出した。
 ただ、無為に一週間という時間を過ごすには勿体無い。そこで、デニムはランスロットに請い、彼に剣を教えてもらうことにしたのである。ランスロットは快くそれを承諾してくれ、城の中庭の片隅を借りて、ここ毎日というもの、デニムはランスロットに剣の稽古をつけてもらっていた。
 このアルモリカ城を攻めた時の、あの聖騎士の勇姿が、デニムの眼には焼き付いていた。何時か、僕もあれぐらい強く。そして、革命を成功させて、殺された人々の仇を討ち、虐げられた人々を助けたい。デニムのそんな熱意が伝わるのか、ランスロットは、丁寧に稽古に応じた。また、ゼテギネア大陸での自分達の革命の話も、少しずつだがランスロットはデニムに語った。
 ランスロットの強さは、単に剣の技倆が優れている、というだけではなく、辛く苦しい逃亡生活の仲で培った、精神的な強さの上にあるのだ、とデニムは知り、益々彼に対する尊敬の意を強くした。そして、その言葉の端々から、色んな事を学び取ろうと努力した。
「おおい、ランスロット、デニムゥ。公爵からのお呼びだぜ。会議室へ来てくれ、だとよ」
「分かった、今行く」
 頭上から掛けられたカノープスの声に、ランスロットが応じて、立派な装飾の施された長剣を、鞘に納めた。この長剣はロンバルディアといい、聖騎士のための長剣であり、ゼノビア聖騎士団団長の証でもあるという。ランスロットの声には乱れもなく、顔には汗の一筋も浮かべていなかった。対して、デニムは息も荒く、全身汗だくだった。分かってはいたが、やはり、眼前の聖騎士と比べて、自分の未熟さを痛感するデニムだった。
 そんなデニムをいたわるように、ランスロットは穏やかに言った。
「私も君ぐらいの年齢のときは、自分の無力さが悔しかったよ」
「ラ、ランスロットさんも……?」
「そうだ。だから、焦ることはない。ゆっくりと、強くなっていけば良い。では、行こうか」
「はいッ!」

 ウォルスタ人の若者三人、デニム、カチュア、ヴァイスと、ゼノビアからの来訪者達、聖騎士ランスロット、風使いカノープス、占星術師ウォーレンらは、アルモリカ城の会議室で、「ウォルスタの虎」ロンウェー公爵と対面した。ミルディンとギルダスの二人は、自分達はランスロットの部下に過ぎないから、と同席は辞退した。
「…そなたらのおかげで牢から出ることができた。ありがとう」
 と、まず、ロンウェー公爵は礼を述べた。
「そなたのようなウォルスタの若き同朋に救われたことは、実に喜ばしい。そなたらは、神が我々ウォルスタに遣わされた希望の使者に違いない。うむ、ウォルスタの未来は明るい」
「公爵様の無事を知り、身を潜めていた同志たちが次々と城へ集まっています」
 少し緊張した声で、デニムは言った。
「ガルガスタンが攻めてくるまでに、いくばくかの余裕があろう。それまでに体勢を立て直さねば…」
 ここ一週間、公爵が、そのガルガスタン対策におおわらわであったことは、想像に難くない。
 それから、ふと公爵は視線を転じた。ゼノビアの聖騎士に向かって。
「ところで、異国から来た騎士たちよ。事情は聞いたが、それは真か?」
「いつわりではございません。我らは皆、国を追われた者です」
 公爵の目にちらつく不審の影を読み取って、聖騎士ランスロットは重厚に答えた。
「はたして、そうかな。たとえば、そこの翁はいかがか」
 今度は、公爵はウォーレンに対象を向ける。
「二年前、貴殿らの王国が誕生したとき指導者の傍らには常に翁のような占星術師がいたと聞く。ランスロット殿も聖騎士団の団長とか。そうした王国の立役者たちを、貴殿らの王はいとも簡単に手放すのか?」
「そのような魔法使いがいたとは聞きますが、私ではございません」
 ウォーレンがそう言ったが、カノープスはその言葉に、内心、必死で笑いを堪えていた。
(大した年の功だぜ、そらっとぼけて、まあ)
 そもそも、二年前、神聖ゼテギネア帝国を倒すための反乱軍の指導者を、星辰の託宣によって選び出したのは、他ならぬウォーレン本人であるというのに。ランスロットも可笑しがっているのではないか、と、カノープスは思わず横を窺ってしまった。無論、ランスロットの顔にはそのような表情は表れていない。
「邪悪なローディス教国がロスローリアンを送りこんできたように」
 公爵の追及は尚も続く。無理もないことだ、とゼノビア人達には、公爵の持つ疑念の理由がわかる。ゼノビアは大国である。国土面積はヴァレリアに何倍もするほど広く、それに比例して人口も多い。先の戦乱である程度疲弊したとはいえ、その根幹となる国力が、ヴァレリアとは違いすぎるのだ。しかも、戦後二年経って、復興もだいぶ進んでいる。それこそ、その気になればヴァレリアを侵略できるほどに。そんな国から、折も折、ローディスの干渉を受ける内乱の島への来訪者達。侵略の意図を疑われるのは、大国ならではの宿命だ。
「貴殿らゼノビア王国もまた、ヴァレリアを欲しているのではないか?違うというなら証拠を見せて欲しい」
「公爵様、聖騎士様らは命を賭してこの戦いに力をお貸し下さいました」
 カチュアが擁護の言葉を口にする。
「忠誠を誓うべき対象がいてこその騎士。我らはその御旗を探しております」
 その発言に込められた、ランスロットの感慨はどれほどのものだったか。もう遠い遠い、彼方の出来事のくせに、今でも触れれば痛みを伴う記憶。守ることが出来なかった。忠誠を誓うべき王も、ゼノビアの栄華を誇った都も。
「うむ…、貴殿らの言葉…、しかと証明してもらおうぞ」
 暫く公爵は、聖騎士らの意図を伺うような眼で彼等を見ていたが、ともあれ、ひとまずはゼノビア人達を信用する気になったらしい。聖騎士達が公爵の救出に尽力したことは確かなことであり、正直、戦力でバクラム、ガルガスタンに大きく劣るウォルスタ解放軍にとって、強力な味方は何人いても困らないからである。
「褒美はとらす。この城の警護と兵士の訓練を貴殿にまかせよう」
「御意…」
 端整な礼を執り、ランスロットは立ち上がった。ウォーレン、カノープスもそれに従う。この場合、与えられた任務にすぐ就くことこそ、何よりも誠実さを証明することになる、ということを、彼等は知っていた。
 ゼノビアの騎士達が退出すると、公爵は改めてデニム達に向き直った。
「…さて、そなたの父はゴリアテの牧師であったな。以前に一度だけお会いしたことがある。聡明な方であったが、ゴリアテの件は実に残念である」
「父の…、いえゴリアテで死んだ人々の仇をとってください。公爵様」
 ゴリアテの件、というくだりに、カチュアが敏感に反応する。
「うむ、わかっている。しかし、まずは目前の敵・ガルガスタンが先だ。そうだ、そなたらを解放軍の同志としてだけではなく、我がアルモリカの正式な騎士として迎え入れようではないか」
「騎士…」
 さっ、とデニムは自分の頬に赤みが差すのを感じた。騎士、その身分と響きに憧れる若者は少なくない。デニムも無論例外ではない。ゼノビアの聖騎士を知ってからは尚更である。その騎士に、公爵は自分を任じてくれるという。
「そなたら若き英雄たちが騎士となればウォルスタの結束は高まる。そして、私の直属の遊撃隊として活動するのだ。どうだ?やってはくれんか?」
「も、もちろん。仰せのとおりに。いいんだろ、デニム」
 ヴァイスが興奮気味に言う。デニムにも無論否やがあろう筈もなく、大きく首肯した。
「よろしい。では、騎士団の名前をつけよう」
 そう公爵に言われ、デニムは少し考え込んだ。気の利いた名前など、咄嗟に思いつくものでもないが、今が神竜の月であり、その時に結成された騎士団ということで、
「神竜騎士団という名はいかがでしょう?」
「神竜騎士団か…。よい名だ。そなたらの活躍を期待しているぞ」
 公爵は満足したように笑った。
「早速だが、南西のクリザローという町に行ってもらいたい。この城の監督官であった屍術師ニバスを、我が騎士団の長・レオナールが追っているのだが、思いのほか敵が強く手こずっているらしい。すまぬがクリザローへ赴き、レオナールを援護してもらいたい。頼んだぞ」
 それから、公爵は侍従を差し招き、重い麻の袋を卓の上に置かせた。
「さて、出かける前にこのアルモリカで兵士を補充し、武器や防具を購入して準備を整えておいた方がよい。そのためには資金が必要だ。二万ゴートを遣わそう。準備が整い次第行ってくれ。それと、念のために我が配下の騎士を何人かそなたに預けようぞ」
「おまかせください。我らウォルスタのために、必ずや任務を果たしてきます」
 立ち上がったヴァイスが、誇らしげに言った。
「うむ、そなたらの勝利と、ウォルスタの未来のために祈ろう」

 デニム達が会議室を出ると、ランスロットらが待っていた。
「きみたちのおかげで雇い主が見つかった。ありがとう」
「おかげだなんて…。そんな、こちらこそ感謝しています」
 聖騎士に礼を述べられ、かえってデニムは赤面した。礼を述べられるほどのことを、自分がしたとはとても思えなかったからだ。礼を述べなければならないのは、むしろ自分達だ。
「…これから公爵の部下を加勢しに行くそうだな。我らは一緒に行くことはできないが、戦いのヒントだけ教えておこう。忠告と思って聞いてくれ」
 ランスロットの言葉に、デニムは真剣な顔でランスロットを注視した。ランスロットは、そんなデニムの様子を見て、微かに口元を綻ばせた。
「君は、一部隊を率いるリーダーとなったのだから、多くの命を預かる立場となったわけだ。リーダーが一番忘れてはならないことは、冷静さだ。とにかく、無理をしてはいけない。あせる気持ちを抑え、確実に勝利を得られるように、冷静に気を配るんだ。それを忘れるなよ」
「わかりました」
 デニムは頷いた。ランスロットの言った事を、心の中に刻み付けるように。
「うむ。がんばれよ」
 そのランスロットの激励と笑顔は、デニムにとって、最高の餞だった。

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