Sweet Pain

02


「い……っや、だ……、やめろ……! しゃれに、……ならん……! こん、な……」
 あくまでもアーチャーは抗う意思を捨てない。当然と言えば当然、普段、彼を抱きたがる士郎に対して衛宮邸の中でもまず素直に頷かないのだ。それが、他人の目に触れかねない屋外なら尚更のこと、アーチャーは身を捩り、何とかしてこの状況から逃れようとする。だが、胸の突起を擦り捏ねては弄び、刺激し続ける士郎の肩を掴んだアーチャーの褐色の両掌は明らかに体温が上昇していて、押し退けようとする動きよりも逆にすがりついてくる反応のように思われた。
 ほとんど膝が砕けかかったアーチャーの身体は、持ち主の意識とは裏腹に緩んでいく。人間は霊肉一致の動物ではなく、霊体であるサーヴァントも肉持つ体であればそれは大同小異だ。ましてや、アーチャーは元は神話伝説級の英雄にはあらず、エミヤシロウ――ただの人間、なのだ。
 いつまで、この抵抗の意思は続くだろうか。観念するまで徹底的に快楽を与え続けてやろうと、士郎はアーチャーの服に手をかけた。
「そうだろうな、俺はこの上なく真剣だし」
「きさ、ま、それが、正気の、沙汰などでは……ないと、言って……あ!!」
 引きちぎりそうな勢いでシャツのボタンを外して、逞しく筋肉がのった胸前をさらけ出す。これまで服の下にあった皮膚がひやりとした夜の外気に触れたのに、アーチャーは一瞬、身を竦ませる。
 怯えにも似た色が鋼色の双眸の上をよぎった。どうしてこんな、何故、ともの問いたげな表情。
 多少――無茶や強引をすることはあれど、士郎はこれまで、まずアーチャーに対して受け入れてもらう、という態度を崩さなかった。お前が好きだからと、だからこんなにも、士郎がアーチャーの拒絶を聞かなかったことはない。それこそ、アーチャーがどうしても嫌だと力尽くでも拒否すると、諦めて引いてきた。彼我の力の差は人間とサーヴァントである以上、当然ではある。しかし、妥協と言えば聞こえは悪いが、互いのこれだけは譲れないというラインだけは出来る限り尊重してきたはずだ。それが。
 ……まさか、士郎が先ほどまでアーチャーがランサーと話をしていたことに対して嫉妬心を抱いたせいだ、などと想像もつくまい。恋は盲目、恋は熱病。何よりも大事にしたいと思っているものを正反対に、傷つけてしまっても強引にでも抱こうとしてしまう矛盾。ひどいくらいに滑稽すぎる。これは、今まで築き上げてきたアーチャーからの信頼を、裏切る行為でしか無い。
 けれど、それほどまでにアーチャーを今すぐどうしても欲しいと、思い切り啼かせて喘がせてしまいたいと、どうしようもない本能が剥き出しになった衝動だけが今の士郎の全てだった。
 お前は、俺のものだと。抑止の守護者たる英霊エミヤを“世界”にだって渡せないと思うのに、その事実をこの褐色の肢体の奥の奥にまで刻み込んでやる、というあまりにも剥き出しになった執着。秘められた場所をめいっぱい暴いて、自分の中の灼熱を思い切り突き立ててやろう、何度も。
 琥珀の奥で燃える激情は、どことなく昏い。眦の周囲の薄い皮膚が、僅かに震えたように見えた。それが士郎の童顔に奇妙な翳りを与えていて、目の当たりにしたアーチャーは、自分の声が情けない哀願じみた響きを帯びていることに気付いた。
「……士郎、……やめ……」
 それでも、士郎には止めるという選択肢はない。10日もの長い間、遠ざけられていた芳しい肌が目の前にある。それに、確実にアーチャーの身体には呼び覚まされた淫楽の感覚があった。
 力がこもらない逞しい腕。茫洋と滲み始めた灰色の眼。上がり始めた呼気に混じる甘み。
 ならばこそ、更なる快感を。頑固で強情な、頭の中まで蕩かすくらいに。
「嫌です」
 押し潰しても一層に立ち上がってくる赤く色づいた肉芽を、士郎は口に含んだ。飴玉のように舌全体を使って軽く転がし、つんと根元の部分を突くと、びくん、と背が顕著に跳ね上がる。それがまた、予期せぬ刺激を受ける結果になってアーチャーが身悶えた。
「ひぁっ!!」
 他の箇所とは違うその舌触りをじっくり味わうべく、丹念に形をなぞる。固さと質量が増し弾力を伝えてくるそこは、紛れもなく所有者である本人も知らなかったアーチャーの弱点だ。
「あ……、……ぁ……!」
 そして、空いていた片方に軽く触れられただけで、アーチャーは顎を仰のかせた。
「やっぱり、胸弄られるの好きなんじゃないか。こんなに乳首凄い尖らせてさ。ほんと、女の子顔負けだよな。アーチャー、気持ち良いんだろ?」
 勝手に、嗜虐の言葉が口から出てくる。止められない。士郎はアーチャーの腹の辺りにのしかかっているから、互いに下腹部がじんと熱を持っているのが感じられた。自分が昂ぶっているのは当然として、アーチャーは意志でもって発情を懸命に押さえているだけで、体の方は張り詰めていつ陥落してもおかしくないのが分かる。
「そ、んな……こと……! ……ッア!」
 乱れる白い髪。紅潮する頬。それでも、アーチャーは士郎を睨みつける。もっとも、指できゅっと突起を摘み上げられると揺らいでしまったが。
 知っている。これは、甘えだ。本物の抵抗をすればアーチャーはこの状態から逃れられる、しかしそれでは士郎を殺してしまいかねないから、決してそうしない。精神が冷静でない状態では、霊体化も無理だ。だから、アーチャーは本気では逃げることが出来ない。それを良いことに、こんな風に半ば陵辱紛いの強引さで士郎はアーチャーを抱こうとしている。
 まだ、士郎があらゆる点で全然及ぶ筈も無い強い男。そんな、人間以上の存在が、今は屈辱と羞恥と怒りと、快感に墜ちる一歩手前で、自分の下で乱暴な愛撫に歯を噛んでいる。
 自分でも信じられないほどのえもいわれぬ、この暗い感情は喜びと言っていいのだろうか。
 何度かアーチャーがもがいた際に靴の踵で抉られて掘り返された土のにおいが、鼻につく。いつもの自宅の室内とは違う、ここは外だと嗅覚でもって意識させられる。屋外で、屈強な己の理想の果てを快楽で雌として屈服させる、何て背徳。今までは、大事な相手は大事に丁寧に扱うのが当たり前だと思っていた。大事だからこそ、手ひどくしたいこともあるなんて、知らなかった。もしもアーチャーが泣いてしまったとしても、そんなことが出来るのは世界中で何処を探したところで自分しかいないという、歪み捻れた特権意識だ。
「正直に、気持ち良いって言えばいいのに」
 ぷくりと膨らんだ、もはや飾りなど表現するには相応しくない存在感を見せる乳首を折り畳むように擦ると、アーチャーは息を呑んだ。
「ッ……!! だ、れが……!」
 ただし、文句を言えるだけの余裕はまだあるらしい。
「お前だろ。そんな気持ちよさそうにして」
「あ、あ、……あ……! ああああ!!」
 そのまま指先で皮膚に埋め込まれるほどに先端を強く押され、同時にもう片方も音を立てて吸い上げられると、流石にたまらずに悲鳴が上がる。
 胸に吸い付く仕草を赤ん坊が乳を吸うのに例えることもあるが、生存のための純粋な食欲と、性欲を一緒くたにするのは失礼極まりないだろうと、ちらりと士郎は思った。ましてや、今の自分は不純さでいっぱいだ。
「し、ろう……!」
 正気に戻れ、と言わんばかりにアーチャーに名前を呼ばれた。だが、最初から士郎は正気で本気である以上、甘いねだりも同然に感じてしまう。
「は……っ、あ、う、ああ……!」
 女性の乳房ほどに大きな山を描いているわけではないが、鍛え抜かれて盛り上がった胸筋にはしなやかな柔軟さがある。やわやわと揉みながらつんと張り出した突起の周りを舌でなぞり、ぬらぬら濡らしては舐め回し、時折舌先で弾いたり甘噛みしたりする。指と指の間に挟んで絞ったもう片方が、こりこりした感触を士郎に伝えてくる。士郎の与える刺激に応じるように、小刻みに褐色の体躯が震えてじわじわ汗が滲む。
 アーチャーの荒い呼吸が、温度の下がってきた夜気を熱く湿らせる。士郎が胸を嬲ることに夢中になっているせいで、アーチャーが噛み殺しきれなかった喘ぎがやけに2人ともの耳についた。アーチャーはそれを嫌がり、士郎はそれを楽しむ。
「……ぅ、く……」
 両手で厳重に口を押さえて何とか怺えようとするも、指の隙間から漏れ聞こえるアーチャーの声はかえって艶めかしくて、全く塞いだ効果が無い。無論、それは士郎の勝手な言い分にしか過ぎないだろうが。
「アーチャー、胸だけでイけるんじゃないか」
「た、たわけ……!! この……!」
 もっとも、士郎にとんでもないことを言われて、思わず激昂したアーチャーは罵声を出すために自分から手を解いてしまった。
「だって、ココきついだろ」
「!」
 アーチャーの下肢を守っている濃いインディゴ色のジーンズ、そのベルトに士郎は手を掛ける。
「やめっ……」
 意図を察したアーチャーが士郎を制止しようと手を伸ばすも、ほとんど熱に浮かされた緩慢さでは躱すのはあまりにも容易だった。金具が外れてベルトは抜かれ、ジッパーが引き下ろされる。
「……やっ……」
 ジーンズごと下着が一緒に膝の下まで引きずり下ろされる。外で下半身を露出させられたことといい、自由になったとばかりに血管の浮き出た性器が勢いよく跳ね上がったことといい、あまりもの恥辱にこれ以上はもう耐えきれないといった風に、アーチャーは自分の両腕を上げて顔を隠してしまった。
「も、う、や……だ……、いや……」
 今にも泣き出すんじゃないかと思わせる、弱々しい声が士郎の劣情を誘うなどとはアーチャーは気付きもしない。そんな士郎の前に、無防備な体をさらけ出していることの意味も。
「嫌、なんて言ってないぞこっちは」
「ひっ……!?」
 立ち上がったものに、士郎は指を絡みつかせる。男の急所に直接触れられて、アーチャーは堪らずに大きく背を反らせた。それが、自分から士郎の手に擦りつける動きになって余計にアーチャーは啜り泣きのような声を上げる羽目になってしまった。
「っあ、あ――あ、あ、ぁ……」
 先走りの滲む先端をぐりぐりと指で抉ると、後からどんどん溢れてくる。幹全体にその液体を塗り込めるように、上下に手を動かしてしごき立てる。ゆっくりと。もどかしいだろう緩い刺激を与える。
 ほとんど力を加えずに根元の辺りに触れる。もしもこれが自慰なら、全然強さも荒々しさも足りない上に、士郎はわざと自分でも感じるポイントを外している。元々同一人物だという以上に、アーチャーの身体のことは士郎は隅々までよく知っていた。触れたことがない箇所など無いくらいに。
 無意識にだろうが、アーチャーは物足りなさげに僅かに腰を捩る。
「は、……あ、あ……」
 士郎よりも優に一回りは大きいアーチャーの体格だから、男性のしるしもよほど大きい。まだ発展途上の自分のものとなど、比べるまでも無い。
 成熟した男の体。生前は信頼できる友人もいた、恋人もいた、とアーチャーは言っていた。喪失を恐れて人の温もりを遠ざけるようになるまで、士郎の見知らぬ女性を抱いたことは一度や二度でもあるまい。今だって、抱くなら女がいいに決まっていると士郎に向かって公言するのだ。
 ああ、駄目だ。ランサーのみならず、知らない女性にまで嫉妬してしまいそうになる。
 違う、そうじゃない。アーチャーはもはや、男として誰かを抱くことはない。女として自分に抱かれることがあるのみだ。だから――。
「こっちじゃなかったよな、アーチャーが好きなのは」
「な……」
 アーチャーの脚の間に割り入ろうとして、士郎は膝下に残っているジーンズが邪魔なことに気付く。
「よ、よせ、やめろ……!」
 敏感に士郎の意図を察したらしいアーチャーは、はっと顔を上げた。だが、士郎にはそんなことはお構いなしだ。
 まずは靴を脱がせる。一瞬、靴下は残してやろうかなどと少しマニアックなことを考えてしまったが、ジーンズを脚から抜く際に一緒に脱げた。
 今日のアーチャーの服の選択に、士郎は心から感謝した。アーチャーは白いシャツを着ていて、汗に濡れた布地がところどころ褐色の肌に少し透けて貼りつく様がとんでもなくいやらしい。裸の上に白シャツ一枚のみとか、何ていい眺めだろう。筋肉の隆起を、シャツの白さが強調しているようだ。アーチャーの両手首を押さえてじっくりと見ながら、思わず、声に出た。
「やらしいなアーチャー、その格好……凄い、いい」
 露骨な牡の視線に晒され、アーチャーの顔が真っ赤に染まる。怒りと恥ずかしさが入り交じっている上に目尻には涙まで溜まっていて、何ともそそり立てる表情だった。アーチャーからすれば、視姦でもされている気分だろうが。
「お、お前が勝手に……」
 アーチャーは顔を背ける。体はともかくとして、心まで恭順したわけではないと示している。
 大体いつもセックスの際はアーチャーの強情さとの根比べなのだ。ただし、今日は――アーチャーが嫌がれば嫌がるほど、泣かせてやりたい、と士郎は余計に昂奮の度合いが高まってしまう。
「ば、馬鹿、……ッ!」
 筋の流れが美しいまでに見事な、アーチャーの脚をすくい上げて大きく開かせる。引き締まって形の良い尻肉を割ると、奥から顔を覗かせた後孔がひくひく蠢いていた。
 そこに触れられたらもう最後だと、アーチャーはよく知っている。今まで、何度も士郎を受け入れた場所。それこそ、女のように。下手をしなくても、前の陽根を弄られて達するよりも、後ろの秘所を貫かれて達する方がとてつもなく気持ちが良いと、アーチャーの身体は覚え込まされてしまった。ギリギリの所で、かろうじて踏み止まっているのに。
 とはいえ、もはや本丸は文字通りの丸裸。落城は時間の問題でしかない。だからといって、そのまま士郎に身を委ねる気は、アーチャーには皆無である。
 ただ、体を半分に折り畳まれるようにあられもない箇所を露わにしている状態では、拒否を言葉にする以外はどうしようもなく、それは全くの無力と同じだとアーチャーにも分かってはいる。諦めが悪いのは衛宮士郎エミヤシロウの共通事項で、アーチャーは屋外での合意無き一方的な行為への抵抗を諦めず、士郎はアーチャーを快楽の坩堝へ堕とすことを諦めない。
「さ、触るな、もう、よせ……」
 上体を捻ってみたところで、下肢を押さえ込まれてはあまり意味が無い。アーチャーの眼には、今どういう風に自分が映っているのかとふと士郎は思った。
 醜悪だ。分かっている。しかし、ひくつく蕾を目の辺りにして、その中に自身を突き込んで包まれる快感までを想像すると、背骨までぞくぞくする。
「ここはして欲しいって言ってるけど?」
「そんな、所が喋るか……たわけ……! ……やっ……!」
 孔を軽くつつかれ、アーチャーの喉が反った。
「ああ――ッ……!!」
 ちゅ、と音を立てて吸ってから、舌でこじ開けるようにして中に入れ込む。熱い内壁。膣に似てはいても膣ではないそこに、唾液を注いで少しずつ濡らしていく。
 内部を浅く侵しながら、上下に動かす。
「あ、あッ……あ……」
 わざと音を立てるように舐められて、アーチャーが荒い息を吐いた。

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