Lunatic

02


 水気をたっぷり含んだような唇を、ねじ切るように吸いながら士郎はアーチャーの背を抱きしめた。
 ほとんど忘我の域である。まさかあのアーチャーが、抱いてくれ、なんて自ら求めてくるなんて。
 手の下にあるアーチャーのしなやかな素肌に、既に熱を感じる。快楽への予兆と期待に。それは否応無しに士郎の心臓の鼓動を激しくさせ、体の芯に興奮を集めさせる。
 まるで、骨の髄まで冒して酩酊(めいてい)させる、麻薬のようだ。常の頑迷に堅牢な理性を自ら剥ぎ取ったアーチャーは、媚薬よりも強烈に士郎を陶酔に追い立てる。
 充分に舌と唇を与えたアーチャーは、悩ましい息を吐き、顔をずらして士郎の耳朶に軽く歯を立てた。筋張った長い褐色の指先が、赤銅色の髪を(くしけず)った。
 痺れそうだ。ぞくぞくする。疼く。(かつ)えが全身を駆け巡り、ただ、アーチャーを欲しいとだけ思う、それだけが士郎の思考の全てを覆いつくす。
 アーチャーの体に回した士郎の手に、力がこもった。彼の、そして自分の望み通りに、今正にその長身を押し倒そうとしたところ。
「月のせい、だな」
 耳元で、小さく笑う声が聞こえた。
「……満月や正反対の新月の夜は、暴力事件や殺人事件、交通事故が増える。出血や出産が多くなる。これらの相関が科学的に立証されたわけではないが、警官や消防士は経験として知っているという。月は人の攻撃性を促進させるんだ」
 何とも色気の無い発言に、思わず士郎は手を止めてまじまじとアーチャーを見つめる。
 相変わらずアーチャーの表情は淫らな愉楽への欲望に潤んだまま、そのくせ、声音だけは淡々と睦言には程遠い言葉を紡ぎ出す。その落差が余計に色情を呼ぶのは、ある意味皮肉だった。
「人体の水分は、地球の表面積を覆う海とほぼ同じ80%だ。また、血液の塩分比率は、太古の海と同率。その事実からすると、月の引力が地球の潮汐に干満をもたらすと同様に、人間に影響を及ぼしても何ら不思議ではあるまい」
「……アーチャー」
 唇の端を吊り上げる笑い方が、厭味さではなくひどく妖しい。
「ましてや、我らサーヴァントは魔力で構成された存在だ。人間よりも、強力に月の魔力に狂わされてもおかしくないだろう」
「……お前な」
 どんなに艶めきを滴らせていても、アーチャーの言動はやはりアーチャーのものでしかなかった。何だかがっかりしたような、安堵したような、複雑な気分で士郎はアーチャーの喉元から鎖骨を指でなぞった。
「何でそういう妙な知識は磨耗しないんだ」
「さあな。磨耗する記憶を、オレが自分で選べるわけではないからな」
 アーチャーは、胸に下りてこようとする士郎の手を押さえ、そのまま自分の口元へと運んだ。
「え」
 思わず、士郎は狼狽した。
 指先に与えられる痛痒いような感覚は、アーチャーに小さく噛まれたせいだ。そのまま、指はアーチャーの口内に含まれる。
 まだ少年の柔らかさを残した士郎の指を、アーチャーが舐めている。閉じられぬ口腔に溢れる唾液で濡らし、爪から関節まで余さず絡みつかせるようにして丹念に舌を這わせる。
 閃く赤い舌。色のせいか日頃は無機質にも見える、あまり感情を露にしない伏せがちな鋼色の瞳が、逆に激しく妖艶だ。
「あ……」
 咥えた指先に吸い付いているアーチャーは、今の自分がどれだけ淫蕩な表情をしているのか、きっと気付いていないに違いない。白い前髪がはらりと額の上に幾筋か落ちかかってきたのが、殊更にその表情を強調させる。
 指先に感じるアーチャーの舌の味を鮮明に士郎は意識し、何度も息を飲み下した。口づけで濡れていた唇は、荒い呼気にとっくに乾ききっている。
「アーチャー……!」
 ただアーチャーに指を舐められている、それだけの行為で容易く極めてしまいそうな自分に危機感を抱き、士郎は耐え切れなくなる前に慌てて手を引いた。
 引き抜かれた指はぬらぬらと濡れて、伝った唾液の糸がアーチャーの褐色の肌の上に落ちた。
 士郎をからかう風に細められたアーチャーの眸が、それこそ銀の三日月のようだった。唇を舐める仕草が蠱惑的過ぎる。
「どうした、萎えたのか」
「……冗談だろ」
 萎えるどころか。今にも解放を求めて、硬度を増す一方の熱が暴れ狂いそうだ。
 同じ男として、士郎のそんな状態にアーチャーは無論、気付いている。何せ、服の上からでも膨張を主張しているのがあからさまに見えるのだ。アーチャーは、士郎の服に手をかけて、脱がせる動きをする。着衣のままで交わることを嫌がるアーチャーの気性をよく知っている士郎は、アーチャーに協力するようにして身に纏う衣服を全て脱ぎ去った。
「……うっ……」
 思わず、呻き声が洩れる。
 曝け出された士郎の体の核心が、アーチャーの両手で包まれた。棒の部分を擦られるというよりも、全ての指が別々の動きで捏ね回している。
「アー、……チャー……」
 先端を捻るように揉み込まれて、腰が軽く浮いた。
 基本的には、士郎はアーチャーには奉仕されるよりも奉仕する方が好きである。快楽と理性の間で揺れる悩ましさや、次第に快楽の方が勝ってきて甘く溶けるアーチャーの様子は筆舌につくし難いほどに、色っぽいというレベルを遥かに凌駕しているからだ。自分の愛撫によって、あの堅物のアーチャーが乱れきる。堪らない。
 それはそれとして、一度だけ、口でしてくれないかと頼んでみたことはあるのだが、その時は物凄くいい笑顔で、「そうか、噛み切られたいと言うんだな?」と恐ろしい返事を頂いてしまった。あれは決して冗談などではなく、思わず激痛を想像して股間を押さえてしまうくらいに本気だった。
 そんなアーチャーが、手でとはいえ、進んで自分から士郎に悦楽を与えてくれてきている。夢でも見ているんじゃないか、とも思うが、この紛れも無い、目も眩むような強い快感は現実のもの以外あり得まい。
 裏筋を撫でて、竿を扱かれる。笠の部分も擦りたてられて、先端を強く押される。
 アーチャーの手、だからだろうか。自分でしているようなそうでないような、奇妙な感覚が士郎を襲う。それが余計に興奮を煽って、どうしようもなくがちがちに硬くしこってくる。肩で息をしながら、士郎は言葉も無くアーチャーを見つめた。
 真剣に何かを為そうとする時、アーチャーは決まって無言で無表情になる。顔色こそ僅かに赤いものの、そんな無表情のままアーチャーは士郎を追い上げる。
 こういう時、手先が器用っていうのは、何と言うか罪作りだ。もう少し、この手の温もりを感じていたい、と思うのに、与えられる愛撫に体の方が解放へと勝手にうねる。
「くッ……」
 鈴口を軽く引っかかれ、袋の部分を揉まれる。
 もう限界だった。
「――アーチャー……、……アーチャー!!」
「っ……!」
 盛大な飛沫が弾けた。予測していなかったのか、アーチャーは避けることも出来ずに熱く粘つく迸りをまともに浴びてしまった。顔の上から胸の辺りまで飛び散った白濁は、褐色の肌と際立った対比を見せて、予想以上の淫靡さを醸し出していた。
「ば……馬鹿、出すなら出すと先に言え! 目に入っただろうが!!」
「悪い、我慢できなかった……」
 士郎から手を離したアーチャーは、言った通りに盛んに目を擦っている。
 我慢できなかったというのは半分は本当で、半分は嘘だ。アーチャーの顔が白い体液に汚される様を見てみたい、そんな誘惑に逆らう術を、士郎は持たなかった。
 いつもとは違うアーチャーだからこそ、普段やったら激怒されそうな行為も、今日ばかりは許されたっていいだろう。誘ってきたのはアーチャーだし、士郎を達しさせたのもアーチャーなのだから。
「全く、オレがサーヴァントだから良かったものの……。普通の人間だったら、こんな高濃度もいいところのたんぱく質が目に入れば大惨事だぞ」
 果たして、アーチャーは腕で顔を拭いながらも、咎めるだけで怒りはしなかった。褐色の上から髪と眉、睫毛以外の白が取り去られていく様を少し惜しいと思いながら、士郎はアーチャーの肩に手をかけた。
「悪かったって。けど」
「けど、何だ」
「お前以外に、するわけないだろ」
「……どういう意味だ、それは」
「こういう意味だよ」
 今度こそ、士郎はアーチャーの長身を布団の上に押し倒した。長い脚の間を膝で割り、体を割り込ませる。
「欲しいのはお前だけだって」
「ぁ、……っ」
 一度は解放されたというのに、まだ足りないとばかりに昂ぶった士郎の熱が、アーチャーの下肢に押し付けられた。触れられていなくても既に情欲に反応して形状を変え、先走りに濡れた欲望を擦りあわされ、その刺激にアーチャーは小さな声を零した。
「お前だって……俺が欲しいんだろ? まだ俺、お前に何もしてないのに、お前のはもう、こんなになってる」
「士郎……」
 荒く熱い息で皮膚の表面を炙られ、アーチャーは身震いする。自分を見下ろしてくる士郎の顔が、ずっと血の色を増して火照っているのを見て取ったアーチャーは、ぽつ、と呟いた。
「……無駄、だったか」
 士郎が訊き返す。
「何がさ」
「一度、先に抜いておけば少しはおとなしくなるかと思いきや、そこで余計に興奮するのかお前は」
「……」
 自分から抱いてくれ、などと言った口と同じ口で言う台詞なのかそれは。
 組み敷いた体に指を這わせた士郎は、広い胸板の上に掌を置いた。
 しなやかな肌の感触。高い体温。この先の行為を求められているのだと知りながら、そうそう簡単に終われるわけがない。
「――残念だったな、アーチャー。お前にあんなことされたら、そりゃ余計に興奮するに決まってるだろ。それに、こんなに豪華な据え膳目の前にして、あっさり引き下がれるなんて男じゃない」
「いっ、つ……!」
 乳房の存在しない胸を、掴まれる強さで揉みしだかれて、アーチャーが痛みに眉を顰める。オレは女ではないぞ何をするか、と、アーチャーが文句を言う前に、士郎は唇を落とす。
「あ!」
 ちろ、と舌先で胸の尖りを舐められたアーチャーは、感覚が鋭敏になっているためか、大きく肩を跳ねさせた。
「やっ……あ……」
 ゆっくりと擦り上げるように、指が片方の突起を弄ぶ。軽く押し潰されて、捻るように動かされる。先端を軽く爪の先で弾かれる。もう片方は士郎の口に包まれ、質量を育てられる。
「……んっ、――う、ん……」
 甘噛みされ、次第に尖ってくる箇所を、わざと高く音を立てながら何度も吸われた。じりじりとした緩い快感を覚えて、アーチャーは、無意識にもっと強い感覚を求め胸を士郎にこすりつける。遠い過去の自分のものと同じ色の、夕焼けに似た赤銅色の髪の中に手を差し入れて、頭蓋の形を確かめるかのように頭皮を撫でた。
「し、ろ……う……」
 脚を、士郎の脚に絡ませる。明らかに、自分でも焦れていると分かる声で、アーチャーは己のものでもある名を呼んだ。
 一際強く胸を吸い上げられ、体が反って腰が浮く。すると、濡れた音と共に互いの熱同士が密着する。それがひどく気持ち良くて、アーチャーは固く目を閉じた。
 血の赤みを透かしにくい褐色の肌が、それでも明らかに上気しているのに、士郎は満足げに笑って紅く腫れ上がった胸から離れた。のしかかった姿勢はそのままで、アーチャーの首筋に舌を這わせる。
「ああっ……!!」
 舌と唇と指による洗礼を首や腹、肩、鎖骨など体の表面のあちこちに施され、アーチャーの腰にどうしようもない甘い衝動がわだかまってくる。そのくせ、もっと決定的なものは与えられず、もどかしげな飢餓感が募った。
 士郎の手が、下へと降りてくる。それでも、士郎は勃ち上がったアーチャーのものには触れずに、筋肉の張り詰めた両脚を掴んで膝を立たせた。
「……士郎!」
 否応無しに士郎の眼前に下半身を暴き立てられたアーチャーは、さすがに含羞をもって身を捩るが、彼の膝の間に入り込んだ相手はそれを許さない。
「今更、恥ずかしがることなんてないだろ、アーチャー……。お前のことなんか、俺はもう全部知ってるのに」
「あ、ふッ」
 上体を伸ばして、士郎はアーチャーの秘所を指で押し広げながら舌を差し入れた。冒してくるものを待っていたかのように、その箇所は意外なほど抵抗無く、士郎の舌を受け入れる。
 優しいくせに強烈な刺激に、アーチャーは胸を喘がせた。舌を尖らせて、士郎はアーチャーの奥へと侵入していく。熱く柔らかい内壁を分け入って、襞を広げ、狭い器官を解していく。外側の皮膚を撫でていた指が、唾液でぬかるんだ箇所を押してきた。
「ッぁあ……!」
 内部がきゅっと締まるのを感じて、アーチャーは手の下のシーツを強く掴んだ。
 体の奥からぴちゃぴちゃと卑猥な水音が聞こえてくる。その音に、身体が蕩けていく。息遣いが切迫していく。腰が蠢く。
 熱くぬめる舌に丹念に愛撫されて、蕾がゆっくりと開かれてくる。それを確認した士郎は、少し名残惜しげにしながらも唇を離した。代わりに、人差し指をアーチャーの濡らされた内部へと沈めていく。
「ん――、んんッ……」
 男に――士郎に抱かれて愉楽を得ることを知ったアーチャーの身体は、舌の代わりに差し込まれた指を食い締めるように締め付けた。根元まで埋没した指を士郎がぐるりと掻き回すと、ひくんと震える反応が返ってきた。曲げた指の先で緩く内側を引っかいたら、大きくアーチャーの背が跳ねた。
「ひ、やあ……!!」
 甘い悲鳴が喉から搾り出される。入り込んだ指が粘膜を擦り、捏ねて、別の指が入り口周辺を撫でる。
「アーチャー……」
 咥え込ませた指でアーチャーの中の肉を掻き乱しつつ、士郎は囁きと共に彼が己の所有であると示す印の紅を、褐色の肌の上に散らす。
 この程度の痣など、明日の朝にもなれば、サーヴァントの自己治癒能力をもってしてアーチャーの体からは跡形も無く消えてしまうことは分かっている。けれど、この腕の下に彼を抱きこんでいる今だけでも、確実にアーチャーは士郎のものだという証が欲しかった。
「……ァ、く、ふぅッ……」
 アーチャーが身体をよじったところに、もう1本の指が押し入れられる。それぞれの指が、勝手気侭な動きで内側から刺激を与えてくるのに、びくびくと勝手に腰が跳ねた。士郎が指の腹を揃えて、身体の前面を擦ってくる。柔らかい壁を押されて、擦るように突き上げられ、鋭い快感がそこから全身に這い上がってくる。
「……アーチャー、凄い。俺の指に、お前の中が絡み付いてきてる。分かるか?」
「や……、あっ、んっ、……ああッ、そこ、弄る、な、……し、ろ……うッ……!」
 言っている内容は強がりだが、声がすっかり甘く潤んでいた。
 そのアーチャーの反応を見定め、士郎は深く入り込んだ指を半ばほどまで引き抜いた。後退した分をまた中へと押し戻し、縋るように指に吸い付いてくる内壁の感触を楽しみながら、士郎は指による抽挿を繰り返す。2本の指でこじ広げた隙間に、もう1本指を増やして、アーチャーに飲み込ませる。
「ぅあ……! っああ……ッ」
 そうして、アーチャーの中は刺激に応えようと、抵抗するのではなく再来を待ち望むように盛んに蠢く。何度も士郎を受け入れた身体は、指の反復によって容易く開かれていく。
「士郎……!」
 けれど、焦れったい。
 足りない。
 熱さも、強さも、深さも、何もかもが指では足りない。
 こんな小手先の快楽ではなく、もっと体の奥深くまで貫いて、抉って掻き回して、中を一杯に埋めきって欲しい。士郎のこと以外、何も考えられなくなるくらいに。
「……はっ、しろ、う、士郎……! もっ……欲しッ……、……指じゃなくて……抱け、今すぐ――抱いてくれ……!!」
 気付いたら、アーチャーは自分自身で太股を押さえて、士郎に向かって脚を開いていた。もはや、それをみっともないと思う余裕は彼には既に無く、一刻も早く、士郎を欲しかった。
「アーチャー……!」
 あからさまにせがまれて、よもや士郎に否やがあろう筈が無い。ほとんど、視覚への官能による暴力といっていい。指を引き抜き、自ら広げられたアーチャーの脚を掴む。
「あ――」
 体内から失われた質量に喪失感を抱く間もなく、アーチャーは硬いものを押し当てられて、歓喜にも似た心持で、士郎を迎え入れるために全身の力を抜いた。

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