Lunatic

03


 アーチャーは士郎に浮き出た腰骨を掴まれて、引き寄せられる。体内へ入ってこられる時の、身体を引き裂かれるような苦痛や酷い圧迫感も相変わらずあるが、その衝撃の逃がし方も順応の仕方も、快感に変える術も、アーチャーは今やよく知っていた。
「っあ、あぁ――」
 背を反らし、アーチャーは声に出して痛みを逃がす。手は自分の腿を掴んだままで、爪が肉に食い込む感触があるものの、それよりも、当初は到底飲み込みきれるとは思えなかった強い熱塊が奥へ突きこまれて来ることへの、淫蕩な悦びの方が大きかった。まるで発情期の獣も同然だ、とはアーチャーは自分でも思うが、それでも今は構わなかった。
 ただ、欲しい。単なる苦痛に対してならば種類を問わずして限りなく耐性はあるが、士郎に与えられる快楽には、もう滅法に弱いという自覚はアーチャーにはある。
 真っ直ぐに求められて、それを幸福だと感じることに嘘は無いから。身も心も満たしきって欲しい。こんな、蝕まれるほどに月の美しすぎる夜には。士郎に、繋ぎ止めて欲しい。
 体重をかけるようにぐっと貫かれる。狭い場所を一杯に押し広げられて、押しひしがれつつも、確かな温度に満たされていく。何度も息を吐きながら、アーチャーは士郎を歓迎するべく体を開こうとする。
「……アーチャー」
 熱っぽく呼ぶ声。気付けば、動きを止めた士郎が、アーチャーをじっと見下ろしていた。
「士郎……」
 アーチャーもまた、過去の自分であって過去の自分でない、自分のものであって自分のものでない、少年の名を呼ぶ。そして、落ちてくる唇に、アーチャーはそっと瞼を閉じた。
 唇を軽く吸い、アーチャーの長身の上に士郎が圧し掛かってきた。
「ん、あッ……、……う……んっ……」
 数度、突かれる。その度毎に結合は深さを増して、士郎の楔がアーチャーの奥深くへ向かい埋没していく。そうやって、自分の脈動と士郎の脈動がゆっくりと混じり合っていくのを、アーチャーは意識する。繋がっている箇所が、じわじわとぬるく溶かされる。一つになる。
 緩くかき回しつつ、腰を押し込むように擦り付けられる。粘膜と、それに繋がる敏感な皮膚をぐるりと嬲られる。その度に入り口と内壁が、突き刺さっているものを淫らに締め付けた。空白になる場所を埋めん、とするかのようにだ。
 アーチャーの前で勃ち上がっているものが、互いの腹と腹の間で強くぬるぬると擦られて、それが余計に快感を煽り立てる。
「あ、――ふッ、ん……や、あ、あ……」
 熱さに爛れたような体の中を、硬いものが動いて、最奥まで突き上げられる。
「アーチャー――お前の中、熱いし狭いし……最高に、悦い」
「……しろ……う……」
 腰と腹の内部を一杯に占領され、アーチャーは何度も息を吐いた。そうやって息苦しさを何とか宥めて、士郎を見上げる。
「動いて、いい……士郎」
「いいのか」
「……いい、と言っている」
 気遣わしげに確かめてくる士郎に、アーチャーはあえてぶっきらぼうに返答した。そうしないと、自分がとんでもないことを口走ってしまいそうな気がした。予想ではなく、確信だ。
「ん、じゃあ」
 士郎は頷く。いつもと違って積極的に誘いをかけてくるアーチャーに、戸惑いよりも凄まじい歓びが湧いて来る。愛しい、と思いを込めて、士郎は抽挿を開始した。
「……っ……ぁ、あ、は……!」
 ずるり、と入り口近くまで一旦抜き出された感触がたまらなかった。逃がすまい、というように無意識にアーチャーは体を捩り、士郎を締め付ける。先端が、入り口を引っ掛けるようにして体内をゆるゆると往復する。
 ただ、熟しきった内壁には、その程度の浅い動きでは物足りなかった。とんだ淫乱だな、とアーチャーは自分で自分を(わら)うも、我慢のきかない渇きに近い餓えは、もはやどうしようもなかった。激しいくせに穏やかに、満たしてくれるのは士郎だけだ。
 この感情を何だというのかは、アーチャーにはよく分からない。愛だとか恋だとか、そういう簡便な単語で言い表すには、あらゆるものを内包しすぎていて、表現に困る。けれど、こうして士郎に抱かれていると、こみ上げてくるものがある。
 遠くに捨ててきた理想。例え借り物の贋物だったとしても、眩しいほどに尊く美しかったそれ。アーチャーが何時しか見失っていたものが、今は衛宮士郎という少年としてこうして目の前にある。士郎に対する己の気持ちは複雑すぎて、決して彼に好意めいた言葉で心情を告げることは出来ないだろうが。だからこそ、言葉の代わりとしてアーチャーは士郎と体を繋げることを、限度という境界線こそ引くものの、心底からは厭わない。男同士で、自分同士で、生者と死者――この関係が歪みきったものであることなど、指摘されるまでもなく承知の上だ。それでも互いに欲し欲される、その心は混じりけも無く純粋だと、これだけは紛い物などではない真実以外に何物でも無い。それで充分ではないか。逆に言えば、同じ存在であって違うからこそ、ここまで惹かれたのではないだろうか。
「……士郎……、士郎……!」
 時折、強く擦られた辺りからぞわり、と快感が四肢の先まで伝わっていく。もっと欲しいと、愉楽をねだってほとんど悲鳴じみて、アーチャーは長い脚を士郎の身体に巻きつけ名前を叫ぶ。
 すると、心得たかのように、強く深くまで打ち付けられた。身体の奥を開いて抉られ、硬く熱い性器全体で擦られ、突かれ、抜かれてはまた埋め込まれる。
「……く、あ……ふッ……、あああっ……」
 肉と粘膜が擦れ合い、ぐちゃぐちゃと淫猥な音を立てる。士郎がアーチャーの中に深く入り込むと、触れ合った汗に濡れた褐色の肌が吸い付いてくるようだった。
「あッ……、ん、……う……ああ、……し……ろ、……う……」
「……アーチャー!」
 絶え間ない嬌声と、濃密に絡んでくる体内に、士郎は改めてアーチャーを心身の全てを我が物に掌握していたいと強く思う。英雄の座になんて帰したくない。そう思うのがどんなに稚気に満ちた我儘か分かった上で、しかし、士郎はアーチャーを手放すなど考えたくなかった。士郎の中にある憧憬も思慕も欲望も、全てはアーチャーに捧げるためだけに存在していた。
 今はまだ、彼と対等に並び立つには未熟すぎるから、愛しているなどとは到底、言えないけれど。
 好きだ、と想念を全身にこめて、士郎はアーチャーを抱く。
 悩ましく引き締まった腰を持ち上げるようにして引き寄せて、何度も叩きつけては抉り、揺らしては突き上げる。
 元は単一の存在のせいだからか、士郎とアーチャーの身体の相性は、良すぎるくらいに良い。
「やッ……あ、あ……!」
 アーチャーが良いと感じる場所を狙って、屹立を突き立てると高い啼き声と共に脚に力が入って腰をこすりつけられた。
 脊椎を鋭く駆け上る愉悦。
「い――いい、あ、ああ、いい、士郎……イ――――」
 激しすぎる快楽の波に、為す術もなくさらわれて飲み込まれて、アーチャーは意識を快楽だけに全て持っていかれる。気持ちいい。喘ぎが鼻に抜けて、信じ難く甘い啜り泣きに似た声になる。
 何時しか、アーチャーは爪が皮膚を破って血が出るのではないか、というほど拳を強く握り締めていた。震える身体を士郎に抱きしめられ、指では決して届かないひくつく最奥を穿たれる。それで、否応なしに真っ白になるほどの高みへと連れて行かれて、仰け反りつつ腹の上に熱を放出する。同時に、注ぎ込まれてくる熱湯じみた液体を搾り取るようにして、意味を成さない、そのくせひどく濡れて乱れた、いやらしい音を喉から発しながら内壁をきつく引き絞る。
「ア――……!」
「ッ……アーチャー!!」
 滲んだ涙で視界が曇った。体の中をぐしょぐしょに濡らされて、何ともいえぬ悦楽を噛み締める。互いの荒い息遣いだけを聞き、アーチャーは達して重い体を布団の上に投げ出した。飛び散った白濁が、褐色の肌に点々と散っていて余計に淫らな白さを際立たせていた。士郎が、そんなアーチャーの皮膚の上を指の腹で軽く撫でる。
 そうやって、自分の上に押しかかったままの重みを心地良く感じながら、士郎が身動ぎする気配に、アーチャーは切羽詰った声を上げた。
「……あ……嫌だ、出すな……」
「え?」
 士郎はアーチャーが何を言っているのか一瞬分からなくて、当惑した顔をする。出すなと言われても、さっきアーチャーの中に吐精したばかりだ。
 茫洋とした鋼色の双眸が、懇願するように士郎を見上げていた。
「まだ……抜く、な……、……抜かないでくれ……」
 ――何て可愛いことを言うんだろう。とんでもなくそそり立てる、エロい表情で。こんなに可愛い人を、どうして磨耗するほどに酷使するだけの、世界の意志なんかに委ねられる? 誰にも渡したくない。例えお前が世界の所有物だとしても、それが何だというんだ。俺はお前の失った理想の形で、お前が望むなら、俺はお前だけの正義の味方でいてやる。どんなに愚かでも構わない。自分には嘘はつけない。
 だって、お前は俺の――。
「……いいよ、俺の――アーチャー」
 この世で一番、愛しくて、大切な人。
 握られていたアーチャーの掌を開かせて、士郎は自分の手を重ね合わせた。褐色の胸元、心臓の上に口づける。厳粛に誓うように。
「あッ――」
 アーチャーの瞳から、一筋、涙が零れ落ちた。辛苦のためではなく、悲哀のためでもなく、欣喜にとてもよく似た感情からだった。多分、こんな風に泣いたことなんて、今までにない。嬉し涙というものが存在することは知っていても、自分に縁があるものだとは思わなかった。
「士郎……」
 身体の中の質量を締め付ける。そうすると、中に呑み込んだままの雄が、猛々しい膨張を取り戻そうとする。脈打って、欲望にわなないている。
「もっと、お前が欲しい。お前を、くれ」
 士郎が囁いた。
 アーチャーは笑う。
 熱に浮かされていながら、穏やかな笑い方だった。重ねられた士郎の手、指を絡め合う。弛緩していた膝を立てて、士郎の身体を挟み込んだ。
 そうやって、アーチャーは自分の全てを士郎に開き、晒す。貪り貪られ、与え与えられ、分け合う行為の再開を、士郎に促した。
「アーチャー……好きだ」
 激情がこみ上げてくる。その衝動のまま、士郎はアーチャーの逞しい長身に自分の体をぶつけるようにして、繋がったままの場所をまた抉り始める。
「あ、あ……、いッ……、は……ああ……」
 がくがくと揺さぶられて、結合部が聞くに堪えない淫ら極まりない音を上げるが、アーチャーの啼く声は、それよりもずっと高く低く、艶に満ちていた。
 硬い芯が抜き出されては内襞を擦り、アーチャーは身悶えした。何時しか士郎の手は離されて、アーチャーの体を抱きしめている。
 行き場を失ったアーチャーの手は、士郎に掴まろうとはせずに、暫く彷徨った末にぱたりと布団の上に落ちた。
「アーチャー……、縋ってくれない、のか?」
 いつもならば抱きしめ返してくれるアーチャーが、縋ってきてくれない。少々物足りなく思って、士郎は自分の下に抱きこんだ相手に訊いた。
 すると、アーチャーはふいと目を逸らす。
「……オレから誘った、のに……。……お前に、頼れるわけ……ないだろう……」
 アーチャーの意地っ張り具合は今に始まったことではないが、それもこんなところで発揮されたところで、ただ、いじらしくて可愛いだけだ。
「縋ってくれよ、アーチャー……。こんな時じゃないと、お前は俺に縋ってくれないだろ」
「し……、ろう……」
「じゃないと、俺、もっと激しくするから」
「ぁぐっ……!」
 宣言通りに、痺れる感覚がある場所に突き刺され、執拗に抜き差しを繰り返される。堪らずにアーチャーは背を反らし、縋るものを求めて――士郎の背に手を回した。荒くも甘い、アーチャーの呼吸を皮膚の間近で感じ取って、士郎は嬉しげに律動と共にアーチャーの首筋を強く吸った。
「ああああ、く、う、ああ……、ん……!」
 泣いているように、アーチャーの声が震える。
 一度、士郎の体液に濡らされた体は、容易く奥深くまで肉棒を受け入れる。ずる、と体内で士郎が動く度に、びちゃびちゃと濡れた音がするのが、果てしなく淫靡だった。白い髪を揺らして、アーチャーは士郎の動きに応じてよぎれるほどに身を捩った。もっと強く深く、士郎を誘いこむかのごとくに。
「……アーチャー……!」
 滑りが良くとも絶妙な食い締めに、士郎は限界が近いことを悟って、立て続けにアーチャーの身体に腰を沈めて強く杭打つ。
「あ、あ、あ……!!」
 アーチャーの唇からは、もはや、ひっきりなしに甘く爛れた喘ぎだけが零れ出るのみ。後に聞こえるのは、激しい息遣いと、肌の間に擦られるアーチャーの性器が立てる音、熱を持った粘膜同士が求め合う音、微かな衣擦れ。
「っ……!!」
 2人が達したのは、ほぼ同時だった。淫楽の(きざはし)を、共に手を取り合って上りつめる感覚。
 総毛立つ。びりびりと凄まじい電流が身体中を駆け抜けたような。
 ひたすらの愉悦に満ちて、士郎は猛り狂う白い欲望を解き放った。アーチャーの内部、既にしとどに濡れていた最奥に、新たな熱い飛沫を注ぎ込む。
 アーチャーもまた、士郎の熱を受けて、絶頂へ押し上げられていた。士郎の身体をきつく抱き寄せ、士郎の腹に擦りつけるようにして、自身を弾けさせた。
「あぁ……」
 溜息に似た、それでいて陶然と満ち足りたアーチャーの声。それを吸い取るように、士郎の唇が重ねられた。充足感を分かち合うための口づけは、気付けば貪欲さに取って代わり、交わる角度を変えては士郎とアーチャーは何度も舌を絡め合い、吐息と溢れる唾液を混じり合わせた。
 唇が離されても、繋がったままの体を離すまいとするように、アーチャーは士郎の首に腕を絡ませた。
「……アーチャー」
「士郎……」
 互いに呼び合う。
 男に抱かれ、蕩かされて愉悦に狂うように作り変えられた自分の体を、アーチャーはみっともなく浅ましく、愚かだとは思う。けれど、罪悪には思えなかった。士郎がそこまで己を求めるのなら、答えてやりたいし、そうであるならば、苦痛よりも喜悦が多い方が士郎だっていいに決まっている。自分のことよりも先に相手のことを思いやるのが、衛宮士郎とエミヤシロウの性分だ。
 アーチャーは、汗と涙に濡れた睫毛を伏せた。そうすると、またぞろ疼きが腰を上がってくる感覚があった。
「ぁ……」
「なあ、まだ、していいか?」
 士郎が、熱い息と共に内部の楔を蠢かしてきたせいだ。ひく、とアーチャーは士郎を飲み込んでいる箇所が反応するのに、小さく苦笑した。
 本当に、何処まで狂えばいいのだろう。
「……ああ」
 同意の声は、喘ぎじみて。
 今夜はもう、とことんまで狂いきってやろうと、アーチャーは士郎と体を密着させた。
 月に狂う。

誤字脱字の報告、ご感想などありましたらご利用ください。お返事はmemoにて。

お名前: 一言コメント:  返信不要 どちらでも
コメント: