Je te veux

05


 士郎は、乱れた、アーチャーの色みの無い白い髪を指先で梳く。全てが熱に浮かされたような体の中、髪だけが少し冷たくて、それが心地良い。
「……アーチャー」
 涙の痕が残る褐色の頬を両手で包んで、端正な顔を引き寄せる。こつり、と額を額に当てると、アーチャーが閉ざしていた瞼をうっすらと開いた。
 いつもは鋭く射抜いてくる、刃と同じ色の鋼の瞳が、淡く煙って滲んでいる。
 今は、過去の後悔ではなく、他の誰かでもなく、士郎だけを映している目。
「好きだよ、お前が好きだ」
 その双眸に、少し収まっていた士郎の心臓の鼓動が、再び早鐘を打ち始める。体の中心に、また熱が溜まっていく。可愛いだの好きだだの啼かせたいだの、色んな感情がごちゃ混ぜになって、もう、とことんまでアーチャーを貪りつくさないと気が狂ってしまいそうだった。
「言っとくけど、今夜は寝かさないからな」
「な、に……?」
 アーチャーが、士郎の言葉にぼんやりと応じ、次いで、その意図を察してカッと赤面する。
 つまり、士郎は朝までアーチャーを抱くと言っているのだと。
「たわけ、貴様、オレを壊す、気かッ……!」
 顔を反らそうとするアーチャーだったが、それよりも先に士郎が唇を重ねた。強引に罵倒を奪われて、アーチャーは受け入れを拒み士郎を押し返そうとする。
 だが、アーチャーの抵抗はまるで力が入っていなく、逆にあっさりと士郎に強く抱きすくめられてぴったりと肌を合わせられた。のみならず、腰の後ろに回した手を下ろし、士郎はついさっきまで自分を心地良く包んでいた箇所へと指を忍び込ませる。
「……あ……!」
 既にこの夜、士郎自身を受け入れたそこは、呆気ないほど簡単に指を飲み込んだ。びくん、と一度背を波打たせて、アーチャーは体を丸めた。
 それはとても、懸命に快楽に耐えようとする仕草に見える。だから、余計に乱れさせたくなる。
「だって、まだ、アーチャー、充分に啼いてないだろ。もっと、色んなこと言わせるから。それにさ、俺、アーチャーのイッた顔、まだ見てないし」
「……馬鹿士郎、が……! ――あ、あぁ……!」
 士郎がアーチャーを抱き寄せたせいで、互いの体液で濡れそぼった性器が互いの肌に擦れ合う。更に、士郎は指をぐるりとかき回した。ひくひくと痙攣するような動きが、指に伝わってくる。アーチャーは逃げようとするが、両脚の間に入り込んだ士郎の脚に核心をずるりと刺激されて、仰のいた。濡れた音が響いて、感覚だけでなく、聴覚をも淫らに追い立てる。
「ぅ、……ん、は……、あ……」
「アーチャー」
 わだかまる熱を持て余すように、無意識にかアーチャーは士郎の背をかき抱く。士郎は、アーチャーの筋張った腕の付け根の窪みを舐め、褐色の顔を見上げた。
「お前、すごいエロい。顔とか、声とか、体とか、全部」
「……な、何を――た、たわけた、ことを……! あ、ふ、……や……!」
 思わず、アーチャーはいつもの勢いで士郎を怒鳴りつけようとして、その動きで内部の指を締めつけてしまい、かえって身悶えすることになってしまった。指が、噛み付かれたにも似た感覚。震えながら血の色をほのかに全身に上らせる、アーチャーの膝裏を士郎は抱え上げた。
「――っ!!」
 中を探る指を強く突き上げる。声もなく、アーチャーは士郎にすがる手に力を込めた。
 そして、小さく体を揺らし、士郎を自分に引き寄せるようにして抱きしめた。これ以上は無い、というくらいに体が密着する。
 火傷しそうな、熱い体温。それが、とても甘い。
「し、ろ……う……っ」
 首筋にかかる、アーチャーの息がとてもくすぐったく感じるのは、アーチャーだけでなくて自分も自覚している以上に感覚が過敏になっているんだろうな、などと士郎は思った。既に熱が、アーチャーと触れ合って硬く頭をもたげている。
 欲しくてたまらない。アーチャーが、欲しくてたまらない。
 指を抜いた士郎は、ぐいとアーチャーに腰を押し付けた。
「アーチャー、挿れる、からな」
「……ぁ……、し、士郎、……っ」
 ほとんど士郎に反応しかかっているアーチャーの体は、彼が口癖のように発する否定の言葉と違い、男としての生理現象に即しているにせよ、よほど正直で素直だった。けれど、どれぐらい意識を溶かせば、アーチャーは士郎の望むような言葉を口走ってくれるのだろうか。
 少なくとも、口で言うほど、アーチャーは士郎を嫌がっていない。アーチャーが本気で嫌であれば、今頃士郎は彼の上から殴り飛ばされるか蹴り飛ばされるかしている。そうされていないのが、何よりの証拠だ。まだ、夜は長い。この、強情極まりない愛しい人をもっともっと啼かせるのは、まだまだ、これからだ。
 濡れた場所を探るようにして、士郎は熱い楔を押し入れていく。
「は、……あっ……」
 アーチャーが息を吐く。士郎を全て受け止めようとしているかのように、だ。腰を掴んで、幾度か突き込む。もっとも、溶かされたとはいえど、やはり狭い場所を拡げられる圧迫感は皆無ではない様子で、アーチャーは眉を顰めて涙を浮かべながら、荒い呼吸を繰り返した。
 褐色の手が、士郎の耳の後ろに回される。そのまま、士郎はぐいと顔を寄せられてアーチャーに口づけられた。
 気を逸らすためなのか、それとも、士郎を煽り立てているのか。自分から、アーチャーは士郎の歯列をなぞり、舌を絡め、擦り合わせてきた。
「っ……!」
 そんな行動をとられてしまったら、抑えなんかきく筈が無い。頭の中を全部、焼き尽くされてしまう。
 むしゃぶりつくように、士郎はアーチャーに応じる。その間も、アーチャーの中に入ろうとする動きは止めない。ずるりと先端が入り口を抜ける。
 息継ぎのために唇を離されると、士郎は容赦の無い動きで、深い、奥までアーチャーを貫いた。
 声もなく、息も止めて、アーチャーがのけぞる。
 そして、呼吸を再開するや否や、手で腰を揺らされ、激しく体を打ち付けられて、アーチャーが頭を振り乱した。
「あ、や……め、し、ろう……!」
「止めて、欲しいのか? こんなになって、るのに」
 2人の体の間に挟まれたアーチャーの性器はしとどに濡れきって、熱く脈打っている。身体の中に与えられる硬い熱と、中心に昂ぶる熱とで、アーチャーは抗いようもなく士郎に翻弄されながら、体をわななかせた。
「熱っ……熱いんだ、士郎ッ……! オレは、も、う、オレは……おかしい……!!」
 男に抱かれて、反応してこんな声を上げて、と、アーチャーにはまだ、自分を客観視して羞恥を感じる冷静な余地があるらしい。
「……それならさ」
 まだ、そんなのじゃ駄目だ。何もかも忘れて、溺れきって欲しい。全部、欲しい。アーチャーの全てが、欲しい。俺のものに。アーチャー自身を、丸ごと全部。そう、過去への後悔だって、全部だ。
 この餓えは、この渇きは、アーチャーじゃないと満たせない。アーチャーがおかしいなら、俺はもっと、とっくにおかしくなっている。未来の自分の可能性を、こんなに好きだなんて。
「おかしくなればいい、じゃないか。……俺と、一緒に」
 悶える体に、強く杭を打つ。確かこの辺りだ、と先程、アーチャーが激しく乱れた反応を見せた場所を見当をつけて擦り上げる。
「ひ、あ――――!!」
 泣き声のような、長く引く声が洩れた。箍の外れる、惑乱の気配。体をよじるアーチャーを、押し開くようにして士郎は何度も抉った。
 きつい収縮に、くらくらする。いい、凄くいい。強すぎる快感に、快楽以外の神経が焼き切れる。
「アア、あ、あぁぁぁぁ……!」
 アーチャーの体が突っ張った。足の指が反り返って、腹に濡れた熱が広がる。切なさに甘い悲鳴を叫ぶアーチャーの顔が、士郎の目に映った。理性をかなぐり捨て、快楽のみを享受した顔。達した身体はがくがく震え、ぎゅっと士郎を締め付ける。堪らない。その、恐ろしいほどの収斂に急き立てられ、士郎も激情を叩きつけた。
 それでも、身の裡に籠もった熱は消えない。
「……アーチャー」
 繋がったままで、士郎はアーチャーの首筋に口づける。軽い接触だったが、今のアーチャーはそれにすらも敏感に反応して小さな声を上げた。
 無論、士郎だって、そう簡単に終わる気は無い。本気で、夜が明けるまでアーチャーを抱き続けるつもりだ。
 気付けば恋焦がれるほどに想っていた相手が、今、腕の中にいるのだ。その官能を、あっさりと手放せるか?
 だから、アーチャーに息を整える暇も与えずに、士郎は再び抽挿を始める。
「あああ……、はっ、あ、や……」
 肉と肉が擦れ合って、熱い。脈打って猛るものを打ち込むたびに、内壁が絡みついてくる。もっと更なる刺激を与えて欲しい、と言わんばかりに。浅く深く、アーチャーを士郎は穿つ。
 荒い息遣い、褐色の肌に浮いた汗が珠玉のようだ。
 乱れた声、乱れた表情、士郎以外の人間の前では、おくびにも出さないアーチャーの艶めいた痴態。いつもは冷徹で皮肉屋な態度の、誇り高いアーチャーが、士郎の下でむせび啼いている。独占欲を刺激されて、士郎の身体の熱が膨れ上がる。
 好きだ、好きだ、好きだ、お前のことが好きすぎて、この熱が止まらない。
 胸をついばむと、張り詰めてしこった感じがあった。改めて吸い付いて、軽く噛んだ。
「ふ、ぅ、あ……!」
「アーチャー……、なあ、気持ち良い?」
 ぎゅっと固く目を瞑ったアーチャーに、士郎は訊いた。アーチャーの意識は相当に朦朧としている様子で、訳が分からなくなっているのか、まともに答えることも出来ずに首を振る。
「嫌か?」
 そう訊いても、やはり首を振った。しょうがないな、と士郎は少し笑った。
 士郎は、一番、アーチャーが感じると分かった場所の周囲を、わざと触れそうで触れないようにぐるりと辿る。入り込んで、抜き出し、またねじ込む動きを緩やかにする。すると、訝しげにアーチャーは目を開いた。
「どうする、……アーチャー」
 涙の溢れる鋼色が、士郎を見上げる。心臓を鷲掴みにされるほどの、扇情的な顔だ。思わず、唾を飲む。矢も盾もなくこのまま押し入りたくなるのを、ぐっと士郎は耐えた。
「続けて、欲しいか?」
 耳元で囁くと、アーチャーは肩を跳ね上げて――士郎の肩に腕を投げかけ、士郎の腰に脚を絡めてくる。士郎を、逃すまいとするように。
「……もっと……士郎……」
 そして、小さな、微かな声で、ねだられた。
「アーチャー……!!」
 堅固な城壁が陥落した瞬間だった。ぞくぞくと全身が粟立って、もう止まらない。これでアーチャーを手に入れた、と思うのは性急だろうが、今、アーチャーは士郎の存在だけを感じていて、もっと士郎を欲しがっているのは確かだ。
 脇腹を撫でて、太股を愛撫しながら、士郎は動きを再開した。アーチャーの望むところに、望む強さで満たしてやる。一層の激しい抜き差しを与え、繰り返すと、繋がった場所が濡れきった淫猥な音を立てる。
「し、ろ……う……、……あ、い、いい――!」
 一度、堰を切ってしまえばもう止まらないのか、アーチャーは声高く喘いだ。
 その声に、高みへと押し上げられる。深く深く貫いて、煮え滾った屹立を最奥に突き立てる。
 情欲を解き放つ。アーチャーに強く抱きしめられる。
 最高だった。  




 アーチャーは、何度か意識を飛ばし、その度に士郎に引き戻されることを繰り返して、気付くと外が白み始めていた。
 本当に、朝まで抱いてくるとは思わなかった。
 流石にすっかり満足したのか、士郎はアーチャーを抱き込んではいたが、もう挑みかかっては来ない。
 それにしても、恥ずかしさで人が死ねるのなら、一体、何回憤死したら良いのだろう。アーチャーは、力の入らない体を引き起こすことも出来ずに、自分自身の言動に居たたまれなくなった。全く、夕べは何かもう、無茶苦茶だった。自分から士郎に口づけするわ士郎の腰に脚を絡めるわ、もっと、だの、いい、だのとんでもない物欲しげな言葉を口に出すわ。指一本だって動かしたくない、こんな様になるまで、士郎に許してしまったことに呆れ返る。それこそ、いっそ記憶も飛んでしまえばいいのに。
 サーヴァントの自己治癒能力が幸いして、淫らな痣や、噛まれた痕などは肌の上に残っていないが、体の奥には、まだ士郎を受け入れているような鈍い感覚がある。第一、消化しきる前に新たに次々と精を注がれては、体の方が追いついていかない。動けるようになるまで、もう少しかかりそうだ。
「……溜めすぎにも程があるだろう、……この、たわけ……」
 散々、喉が嗄れるまで啼かされたせいで、アーチャーは掠れた声で呻いた。
「これくらい溜める前に、自分で抜いておかんか……」
「自分でするのと、中に入れるのは全然違うだろ、気持ち良さがさ」
「……少しは加減しろ。お前は良くても、オレは……きついんだ、ぞ」
「そりゃ無理だ。だって、お前、可愛すぎ、エロすぎ」
 士郎は悪びれない。その、幸せそうに緩みきった顔を見ると、何だか怒るのが馬鹿みたいに思えて、アーチャーは溜息をついた。
 あふ、と欠伸をした士郎は、それでも所有権を主張するがごとく、アーチャーから離れようとしない。
「……抱き枕か、オレは」
 とろとろと、士郎は、半分、眠りに落ちかかっている。それでも、アーチャーより先に眠ってしまうことには気が引ける様子で、瞼を閉ざしかけては、はっ、と目を開く。
 情熱的に激しくアーチャーを抱いた男が、今は眠気を懸命に堪える子供みたいだった。その様が何だか可笑しくて、アーチャーは苦笑する。
「いい、……少し、寝ろ。オレも寝る」
 普段であれば、そろそろ起きようかという頃合だが、きっと、昨夜の様子から鑑みるに、今朝の凛や桜は酷い宿酔(ふつかよい)で起きてこられないだろう。ただ、士郎とアーチャーも揃って出てこないとなれば、2人の関係が暴露されてしまった今となっては、何があったか、容易に伺えること請け合いだ。言い訳のしようも無い。
 しかし、今は後の事を考えることが面倒だった。抱きついてきている士郎の体温が、アーチャーにはひどく穏やかで心地良く感じられる。それだけが、今は全てで。
「ん……じゃ、おやすみ、アーチャー」
 何とも時間的に不適切な言を発して、士郎は目を閉じた。程なくして、寝息が洩れてくる。
 自分で自分の寝顔など見ることは出来ないから、かつて衛宮士郎だった己が、どんな顔で眠っていたかなど、アーチャーには分からない。だが、きっと、こんな顔では眠っていなかっただろうな、と、とてつもない至福を絵に描いたような士郎の寝顔を眺めやる。その顔が何となく小憎たらしくなり、鼻でも摘んでやろうかと思ったが、起こすことになりそうなので止めた。
 代わりに、士郎の額に挨拶のような軽いキスを一つして、アーチャーもゆるゆると体を支配しつつある眠気に身を任せる。体は疲れきっているのに、精神の方は何ともいえない柔らかな充足を覚えていることを、少し不思議に思う。
 お前が欲しい。お前を俺のものにする。世界からだって、お前を奪ってやる。
 士郎の言葉が、耳に甦った。少年ならではの、無邪気な――嘘の無い言葉に、ふと、笑みがこぼれる。
 ああ、こういう感覚を、幸福だといったのだろうか、と遠くに置き忘れてきた筈の感情を思い返しながら、アーチャーは眠りに落ちた。

Je te veux : Fin.

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