Close to You

02


 呼吸音が、嗚咽を堪えたような掠れた音になる。士郎に貫かれ、腰を抱えられたまま、上体を折り曲げたアーチャーは、支えを探して浴室の壁に手をついた。ぽたり、と汗の雫が白い髪を伝って落ちる。
「……ぐっ……」
 臓腑を押し込められる圧迫感に、アーチャーは目をきつく閉じた。そうすると、繋がった場所から、奇妙な甘い痺れがゆっくりと全身に広がっていくのがはっきりと感じ取れた。士郎の熱に、強く押し広げられている皮膚と粘膜が、ぬるぬると溶かされていく感覚が背骨を伝って上っていく。
 士郎の身体が、アーチャーの身体にじんわりと馴染んでいく。
「アーチャー……動いて、いい、か」
 背中に唇を落とされる。一度、大きく息を吐いて首を下げ、アーチャーは承諾の意を示した。
 それに応じて、奥深くまで入り込んだ士郎が、ゆっくりと動いた。内壁を擦りつつ、ずるりと抜き出され、また打ち付けられる。やわやわと絡みついて士郎に追い縋る粘膜が、押し入られた弾みに抉られる。
「あ……ああ――!!」
 思った以上に大きく嬌声が響き渡り、アーチャーは慌てて顎を噛みしめた。震えながら拳を握り締めて、反射的にもがいた。
 そんなアーチャーの反応に、士郎は怪訝そうに覗き込む。
「……アーチャー?」
「や、駄目だ士郎……、声、声が、響くッ――!」
 声音が抑えられない。甘ったるい、淫蕩に濡れた声が壁に当たって反響して、自分のものでないような乱れきった声を、耐え難いほどに意識させられるのに。肌を重ねる度に、声を聞きたがる士郎の攻めに耐えられる、自信が無い。快楽の感覚を、溶かされきれずに甦ってきた理性が押さえ込もうとする。
 どうしよう、どうしたらいいのだろう。
 士郎を受け入れてやりたいと思う気持ちも嘘ではないし、自分の昂ぶりきった熱を吐き出したい気持ちもある。けれど、このままでは喜悦に身を任せるのは無理、だ。
「……士郎……、や、やはり、ここ、では……」
 耳まで羞恥の朱色に染めて、アーチャーは哀願するように士郎を振り向いた。鋼色の目は潤みきり、白い眉が切なくひそめられている。
 アーチャーは全く気付いていないが、それはあまりに士郎の劣情を誘う、艶冶すぎる誘惑の表情だった。鎧を剥がれた無防備さで、逆効果もいいところの。
「アーチャー……お前、本当に可愛いなあ」
「……っ……ぁ……! しろ……う……!」
 体内に収められた熱が更に膨れ上がるのを感じて、アーチャーは身をよじった。逃れようとする動きだったが、士郎に腰をしっかりと掴まれて反対に深く突きこまれる。そのまま、熱く狭い内部を隈なく穿つように、士郎は不規則な動きでアーチャーに腰を打ち付ける。
 喉を仰のかせて、アーチャーは呵責の無い攻めに高い悲鳴を放った。
「嫌、嫌だ馬鹿、こんな、声、誰かに、聞かれ、たら……! いッ、嫌、そんな、激しくは、やめ、やめてくれ……っああぁあ……!!」
 いつもの、やめろ、ではなく、やめてくれ、と言うところに、アーチャーの切羽詰った感情が顕著に現れていたが、それすらも士郎には心身を酩酊させる媚薬のように感じられた。
「……誰かに聞かれても、もう、皆、アーチャーと俺とのこと、知ってるんだからいいじゃないか」
「よ、よくな……っ……い、あ、や、は、ぅンッ……!」
 捩れた身体を真っ直ぐに貫かれ、柔らかい内側をきつく擦られる。びくん、と大きく背をはねさせて、アーチャーは神経を直に嬲られたようなびりびりとした感覚に涙を零した。
「――アーチャー。こんなに、さ」
 自身を埋め込んだ場所に、士郎は指を這わせた。屹立を飲み込んでいるそこは、熱く士郎を締め付けていて、嫌だ、と言うアーチャーの意図を完全に裏切っている。
「こんなにしっかり俺を咥え込んで、……それでも嫌だって、言うんだ?」
「うッ……、うるさい、……っ、たわけっ……!」
 壁に手をついた姿勢のまま、アーチャーは荒い息を震わせて、何時の間にやら随分とふてぶてしくなった少年を睨みつけた。もっとも、迫力不足どころか、むしろ目許の艶が勝って煽り立ててくる視線に、士郎は、この褐色の肌を持つ青年が愛しくてたまらなくなる。
 もう既に、何度も士郎はアーチャーを抱いたが、身体が愛撫に素直に反応するようになっても、精神の方の強情ぶりは相変わらずである。強情さは愚直さで、意志の強さだ。正義の味方という、理想を貫き通した。
 好きだ、とその強情さに負けないくらい士郎は強く思う。一つの根から分かたれて、まるで別人のようになってしまった衛宮士郎とエミヤシロウだが、目に見える数少ない共通点が、この強情さだ。アーチャーが強情に理性にしがみつくのならば、士郎だって強情にそれを捨てさせてやる。アーチャーを乱れさせて喘がせて、そんなことが出来るのは、この世に自分だけだと。
 そう思いながら、士郎はアーチャーに楔を打ち込む。
「あっ……!」
「なあ、……他のことなんか考えるなよ。俺のことだけ、考えてたらいいんだ。もう、お前は……俺のもの、なんだから」
 囁かれてアーチャーが息を詰めると、腹筋の辺りを撫でられた。
 掌全体で、ゆっくりと皮膚の上を愛撫されて、ゆらゆらと体を揺らされる。後ろから、ぴたりと肌を合わせられて、やんわりとかき混ぜられる。要望を聞き届けたように、打って変わって優しくさえなった士郎の動きは、かえって執拗に感じられてアーチャーは身震いした。
「いっ……や……」
「何が、嫌なんだ? 言ってくれなきゃ、分からない、アーチャー」
「……馬鹿士郎……! もう、さっさと抜け……!!」
「無茶言うなあ……無理なこと、分かってて」
「はッ、あぁ――や……!」
 いきなり、両手で腰を掴まれ強く叩き込まれるように入って来られ、アーチャーは四肢を強張らせる。緩やかになった抽挿に、無意識に緊張を解きかけていた体はたちまちのうちに反応して、きつく収縮する。思わず、それで士郎は達してしまいそうになるが、まだ早い。荒い息を吐き、限界を引き伸ばす。
「っ……アーチャー、凄い、いい……」
「や――ああ、……ぁぁあ――!」
 崩れそうになった身体を抱きとめられて、図らずも、自分から士郎を体内に押し込む動きになってしまい、アーチャーは抉られる深さに身悶えした。がくがくと揺さぶられて、身の内から後から後から熱が湧いてくる。
 熱が、思考を侵していく。気付くと、また、緩くなった士郎の動きを、じれったく感じていく。
 意地も見栄も、わずらわしくなってくる。さっきまで気になってしょうがなかった、響き渡る声を聞かれることすらも、どうでもよくなってくる。何もかも振り捨てて弾けてしまいたい、快楽の海に溺れきってしまいたい。士郎だけが与えてくれる、激しいくせに切ない熱に、ただひたすらに狂って。
「士郎……」
 名を呼ぶ声が、あからさまに甘く溶けているのが分かった。だけど、もう、声を止められない。辛うじて、壁にすがりついた腕にだけ力をこめて、何とかアーチャーは体勢を保った。
「……何?」
 訊かれる。訊くな馬鹿、と思うのが、最後の羞恥の欠片だった。
「……し、ろう……、……足りな……い……、お前……が……」
 消え入りそうに、それでも率直に、アーチャーは欲求を口にする。欲しい、と。
 士郎が待ちかねていた、頑強に、アーチャーの精神に対する愉悦への支配を食い止めていた、理性という名の堤防が決壊した。その激流は、士郎をも押し流して、一気に沸点を通り越させる。全身を巡る血液という血液が奔騰して、耳の奥で滝のような轟音を立てているのが聞こえた。
「アーチャー……!」
「あァ……!」
 逞しく広い背中に覆い被さるようにして、士郎はアーチャーを抱きしめながら深く突き上げる。最奥を何度も抉ると、それを待っていた、といわんばかりに内壁が引き絞られた。
「ンッ、あっ――ふ、あああッ」
 繋がった場所が、熱を持ってぐちゃぐちゃと淫らな音を立てる。追い上げられて、アーチャーは濡れ光る唇から濃密な色香に満ちた声を放って啼く。普段の、皮肉を絶やさない低い声からは、あまりにも遠くかけ離れた甘い声。
 正直、堪らない。腰から脳天までを一気に直撃するような、凶暴な快感を与えてくるアーチャーの内部だけでも充分に酔えるのに、この甘美過ぎる啼き声だ。士郎は、身体だけでなく聴覚をも刺激させる、とてつもない心地良さに否応無しに昂ぶる。
 強く、何度も繰り返し体をぶつけ合い、士郎はアーチャーを貪りつくそうとする。
「あっ!! う、ああ、や、あ……!!」
 一番感じるところに欲望を突き立てられて、アーチャーの顎ががくんと上がった。身体の内側から、破裂しそうな快感が沸き起こる。脊椎をぞわぞわと駆け上って、膝を砕く。
「……っと!」
「ひッ――あ、く、……し、士郎、深っ……いッ……!!」
 両者の体格差を考えれば、これまで士郎がアーチャーを支えていられたのは、賞賛されてしかるべき努力の賜物だ。が、身長も体重も士郎を上回るアーチャーが四肢から力を失ってしまっては、流石に支えきるのは困難だった。せめて、前のめりに倒れるのを防ぐために褐色の長身を自分の方へと引き寄せる。
 結果、2人して濡れた床の上に座り込む姿勢になり、そのせいでより深部で士郎の楔を受け止めることになったアーチャーは惑乱に激しく身をよじった。それが余計に、士郎を己に突き刺すことになり、もたらされた痛みに似た感覚に、一瞬、ふと正気が戻る。
「い――」
 嫌だ、と言いかけ、首筋をぬるりと舐められ軽く歯を立てられ、アーチャーは息を止めた。背中から回された手が胸の上を滑り、突起を摘み上げてきた。痛々しいほどに反り返って濡れきった性器を手に取られる。思わず、士郎の手に擦りつけるようにして、腰が動く。すると、中の士郎を無意識に締め付けてしまった。克明に、その形状や質量だけでなく、興奮にわななく様まで感じ取ることになって、アーチャーは仰け反る。
「アーチャー……、ほんと、お前の身体、気持ちいいよな……」
「……ああ、……しろ、う……士郎……ッ!!」
 アーチャー本人よりも、アーチャーの身体を知り尽くしたような士郎が、熱い息を吐き、張り出した先端で弱い箇所を擦りあげ始めた。どうしようもない快感に、アーチャーは身体の震えを止められない。抱きしめられたまま、ただ鋼色の両瞳から涙を流して、叩き込まれた悦楽の坩堝に為す術も無く飲み込まれる。
 耐えられない。
「あ、あ、あああああ……!!」
「……好きだよ……」
 ねじ込むように一際強烈に突き上げられると同時に、耳元で言われた言葉は、はっきりと聞き取れた。
「ッ……――!!」
 高みへと押し上げられる。手足が痙攣よりも強く伸びきる。見開いた目の奥が、真っ白になる。過ぎるほどの激しい快楽に、声もなくアーチャーは脈打つ熱を吐き出した。ほとんど同時に、小さな呻きと共に奥まった場所を熱湯を注ぎ込まれるような感覚に、内側から焼かれる。
 温みが、体の隅々まで浸透していくのを感じ、アーチャーはぐったりと弛緩した。そのまま、絶え間なく息を吐きながら、背中の士郎にもたれかかる。
「……大丈夫か」
 重い、とも不平も言わずに士郎は脱力しきったアーチャーを抱き込んだ。白い髪に頬を寄せて囁く。
「アーチャー」
 呼ぶと、アーチャーは微かに身じろぎした。
「……士郎」
 そして、気だるげに視線だけ動かして、自分を見上げてくる士郎を見返す。
「……何時まで、オレの中に居座っているつもりだ。出ろ」
 ――全く、さっきまで強烈な痴態を見せ付けていたくせに、この言い様だ。余韻もへったくれも無い。無さ過ぎる。この男は、自分のことを、どれだけ無自覚なのだろう。
 だから余計に、酷く啼かせたくなる。
「まさか、あれっきりで終わりだと思っているのか、アーチャー?」
「な……お前、まだ……?」
 呆れたようにアーチャーは士郎に鋼の瞳を向ける。だが、常の鋭さを欠いた双眸は、士郎にとっては、ただ扇情的なだけだった。
 士郎は笑った。いかにも彼らしいお人好しな笑顔ではなく、よく浮かべる照れ笑いでもなく、獰猛な雄としての己を剥き出しにした笑い方で。
「……う、んッ……!」
 抱きしめていた手を、士郎は広い胸の前に回す。指先で乳首を転がしてやると、アーチャーは小さな声を発して、肩を跳ねさせた。
 そのいい反応に、士郎は褐色の肌の上に吐息を這わせるようにして、言った。瞬く間に再構築された、アーチャーの理性を甘く溶かせるために。
「ほら、お前だって……まだ、足りないだろ?」
「ばッ……か……、が……! ……あ、ふッ……!」
 強引に士郎との繋がりを解こうとするアーチャーだったが、腰を掴まれて止められる。ぐいと引き落とされて、浮きかけた体を強く抉られた。
「俺は足りないよ。もっとお前を感じたいし、お前の声をもっと聞きたい」
 声、という単語にアーチャーは、はっとして口を押さえた。
 そういえば、さっきは快楽に任せて随分と放埓に声を上げてしまったが、あれは……。
 ここは、風呂場だ。それに、誰かが洗面所に出入りしていなかったか?
 絶対に聞こえている。誰かに、絶対に聞かれている。あんな、――淫らがましい喘ぎ声を。
 とんでもない。いくら、自分達の関係が士郎によって家人達に知られることになったとはいえ、アーチャーには露出趣味は無いのだ。情事の際の声を聞かれるなど、萎えることはあっても、間違っても興奮などしない。それに、女性に自分の嬌声を聞かせるなんて、セクハラの域ではないのか。犯罪だ。
「た、たわけ、これ以上はもう……!」
 離せ、と逃げようとするも、ねじ込まれたままの体は、かえって自分から犯されるような動きをしてしまうことになって、上ずりそうになる声を、アーチャーは必死で飲み込んだ。
 すると、腹筋をなぞって胸から下りてきた士郎の手が、アーチャーの体の中心を握り込んできた。
「く、うっ……!」
 指で、性器の先端をぐるりと撫でられ、揉みこまれた。更に、小刻みに揺らすように体の中をかき混ぜられて、自分の中を快感が侵略してくるのに、アーチャーは声を堪えるために指を噛んだ。
「……お前以外、欲しくない」
 前を擦られ、堪らずに腰を引こうとすれば、突き刺さったままの奥を嬲られる。結合を続けながら、士郎が熱い中に切望を秘めた声で、告げた。
「アッ……」
 たった、それだけで。
 辛いくらいの、ぞくぞくとした衝撃が、アーチャーの身の裡を襲った。びく、と引きつり、口から手が離れた。
「士郎……! し、ろ……う……!」
 震える体に、大きく抜き差しされる楔。頭の中が痺れて、もうどうすることも出来ない。ひくつく内部が、突き上げてくる士郎をぎゅうぎゅうに締め付ける感覚に涙する。自分の体だというのに、全く抑制が効かない。
 ひたすらに、甘く溶かされて、熱い粘膜を擦りたてられる。体内の質量に、狂おしいほどの悦楽を与えられる。それを逃がさないように、震える内壁が握り締めるような反応を勝手に返す。
「……や、もう……士郎……早く……、は、や……く、嫌、もっと……!」
 視界がちかちかして、何を言っているのかも分からなくなる。
「――アーチャー!」
 更なる絶頂へと押し上げてくる、灼熱の塊。もう、この熱にしか狂えない。自分だって、この熱しか欲しくない。
 恐ろしい圧力で内部を引き絞ると、一番深いところに、猛りに似た奔流を浴びせられる。士郎を受け入れた場所が、悦びに打ち震えるのを何処か切なく感じながら、アーチャーは声も出せずに仰け反った。
 同じ一つの根から枝分かれした、衛宮士郎と、エミヤシロウ。オレ達は、一つに戻りたいのだろうか。そのために、抱き合って、交わりあおうとするのだろうか。極まった瞬間は、自分が何者で、自分を抱く相手が何者なのか、全く分からなくなる。最初から同じものだったように、溶けて崩れて、己と他の区別など何の意味も無くなる。
 お前は、俺のものだ。放さない。
 出来うる限り、傍にいたい。近くに、もっと近くに。
 ただ、純粋なまでの欲を――真実の欲望を何処か遠くに聞きながら、背中の体温に不可解な幸福すら覚え、アーチャーの意識は白い闇に包まれた。

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