I Just Wanna Hold You

01


(この家って、こんなに広かったっけなあ……)
 居間で1人、茶を啜りながら、士郎はぼんやりと思った。
 士郎があの聖杯戦争に巻き込まれ、それが一応の解決を見た後、衛宮邸はまるで下宿屋のような有様を呈していた。しかも、そこに住まっているのは、いずれも美少女と美女ばかり。傍目から見れば、ほとんどハーレムの態だ。ただし、邸内ヒエラルキーにおいて、家主たる自分の立場が一番弱い、と士郎は思ったりするのであるが、多分気のせいではない。何せ女は、何時の時代だって男より強いのだ。ましてや、この家に住む女性達は、魔術師だったりサーヴァントだったり、皆が皆、尋常の強さじゃない。
 そんな彼女らが、今日はこぞって留守である。何でも、アインツベルン城でイリヤも一緒に「女子会」をするのだという。豪華なお食事に、温泉、女の子だけの秘密のお喋り。男子である士郎が置いてけぼりになるのは、当然過ぎる当然のことだった。
 そんなわけで、士郎は本当に珍しく1人分の食事を作って、1人で夕食を摂った。その後は何もすることが無く、何とはなしに自分の呼吸音がいやに耳について、必要もないのに思わず息をつめてしまったりしていた。
 いつもは聞こえてくるはずの、誰かの声。それが無い。何ともいえない寂寥感が、住み慣れた自宅をひどく空虚なものに感じさせる。
 何やってんだ、と思いながら、気を紛らわせるために、特に見たい番組があるわけでもなかったが、テレビでもつけようと、リモコンに手を伸ばした時だった。
「……?」
 どさり、と何か重い音が聞こえた。士郎以外は、誰もいない筈の邸内から。
 警報は鳴らなかった。とすれば、士郎に害為すものの侵入ではないのだろうが、それにしても、一体何者が玄関も通らずにどうやって家の中に入ってきた? そんなのは、サーヴァント以外ありえないが、しかし。
 士郎は居間を出て、用心深くそろそろと足音を忍ばせて廊下を辿った。そして、自室の入り口の襖が開いていることに、気付いた。
 そっと中を覗き込んだ士郎は驚愕に目を丸くした。
「――アー、チャー……?」
 呆然と、口にする。
「……不覚……、……を……とった……」
 逞しい体を血の紅で染めながら、そこに弓兵のサーヴァントが蹲っていた。現在は身に着けることの無い赤い外套の代わり、と言わんばかりの夥しい出血が褐色の肌を彩っている。武装を纏うだけの残存魔力も惜しいのか、私服の黒いシャツとスラックス姿のアーチャーは、士郎に答えるというよりも独語のように弱々しい声で言った。
「あ、お、おい、アーチャー!」
 ぐらり、と倒れ掛かるアーチャーに、士郎は慌てて駆け寄った。
 抱きとめた上体は、恐ろしく冷たかった。それでも、彼が息絶えていないのは、不規則ながらも呼気が自分の肩にかかることから分かって、少しだけ士郎は安堵した。
 だが、アーチャーは重傷だった。サーヴァントの自己治癒能力をもってしても回復が追いつかないのか、特に深い、切り裂かれたと思しい脇腹の傷からじくじくと血が滲んできている。もしもマスターからの魔力の供給があれば、こんな状態にはならなかったろうが、アーチャーは聖杯戦争後に、凛との契約を破棄している。現在では、凛とのパスは繋がれておらず、彼女はアーチャーが現界し続けるための最低限の依り代、それだけだ。
 とはいえ、もしも凛がこの時に衛宮邸にご在宅であれば、たっぷりと文句を言いながらもアーチャーに治癒を施してくれただろう。しかし、凛はセイバー達とアインツベルン城で楽しんでいる最中だ。古色蒼然たるアインツベルン城には、電話線なんて勿論引いてないし、携帯電話だって持っていない凛と、士郎には連絡を取る術がない。いや、凛自身が携帯を持っていなくても、彼女と一緒にいる妹の桜は持っているのだから、連絡を取ろうと思えば取れるのだが、肝心なことには、士郎は桜の携帯番号を知らなかった。ほとんど一緒に住んでるのに、わざわざ電話で連絡を取る必要なんてないだろう、というのがその理由だったのだが、今にしてみればそれが悔やまれる。
 ともかく、この場は自分だけで何とかするしかないようだ。本来は、士郎にアーチャーを助ける義務などないのだが、自分の家で怪我を負っている者を見殺しに出来るほど、士郎は正義の味方であろうとする心を捨てていない。
 元々、単独行動のスキルを有するアーチャーは、血液と共に流れ出した魔力の回復なんて、自分でどうにかするのだろうが。ほっとけないじゃないか、と士郎は口の中で呟いた。
 ただでさえ士郎よりはるかに体格のいいアーチャーの体は、脱力しきって更に重みを増して感じられた。とにもかくにも、止血をしようと思ったが、手近に治療用具なんてない。仕方がない、士郎はアーチャーを出来るだけそっと横たえると、彼の血で汚れた自分の上着を脱ぎ捨て、それを裂いて仮の包帯代わりにすることにし、アーチャーのシャツのボタンを外して前を開き、傷口に宛がった。
 散らされた血と、浮いた汗を丁寧に拭い取る。一見したところでは、不幸中の幸いというべきか、出血量に比して、致命傷となるような傷は無いようだった。
「……アーチャー?」
 おとなしく、されるがままのアーチャーに若干の不審と不安を感じ、士郎はそっとアーチャーの様子を伺った。気を失ったのか眠ったのか、瞼が閉ざされて、鋼色の瞳が隠されている。
 いつもの厭味と冷笑が無い。どうにも、調子が狂う。
(それにしても、何でこんな所に……、っと、そうか)
 疑問を抱きかけた士郎は、すぐに合点した。
 かつての自分の家、かつての自分の部屋。危地を辛うじ脱した後、無意識に、アーチャーはここに向かってきてしまったのだろう。
 士郎は押入れから布団を出してきて、手早く敷いた。抱き上げて運べたら良かったのだが、身長も体重も自分より上回る相手には、それは無理だった。何とか肩に担ぎ上げて、布団の上に寝かせる。
「……っ……」
 アーチャーが、僅かに身じろいだ。恐らくは魔力不足で苦しいのだろう、眉根が寄せられている。それがいやに切なげな悩ましい表情に見えて、思わず士郎はどきりとした。
(ばっ……馬鹿、何考えてんだ衛宮士郎!)
 跳ね上がった自分の心臓の鼓動を何とか抑えつけようと、士郎はアーチャーから視線を外して、深呼吸を繰り返した。そのついでに、アーチャーの傷をきちんと手当てするための、水と道具を取りに行くために部屋を出た。
(……憧れてたのは確かだけど、さ……)
 憧れていた。自分と根を同一とするこの弓兵に。無謬の剣技、鍛え抜かれた体躯。衛宮士郎の、未来における一つの可能性、理想の到達点である英霊エミヤ。その一方で、同じなくせに違いすぎるから、反発しあった。
 お前が憎い、と言われ続けたから、俺だってお前なんか嫌いだ、と返した。
 腹立たしかった。顔を会わせれば嘲弄を浴びせかけてくるくせに、時折、的確なアドバイスを与えてくる。ここまで辿り着いてみろ、と挑発してくるかと思えば、ここには来るなと振り払われる。
 衛宮士郎とエミヤシロウ。まるで似ていないようで、とてもよく似ていて、やはり似ていない。
 水を入れた洗面器と、救急箱を手に持って部屋に戻ってきた士郎は、水に浸した布を固く絞り、アーチャーの傷を清め始めた。ちらり、と士郎はアーチャーの顔を見る。
 時折、震える睫毛が意外に長い。その顔が自分に似ているかと問われると、あまり似ていないと思うのは、帯びる色の違いのせいだろうか。
(睫毛も白いんだな……。当たり前か)
 投影魔術の反動で、衛宮士郎とは変わってしまった色彩。褐色の肌、白銀の髪。理想の果てに絶望したという青年の精悍で厳しい顔は、自分よりも何だかはるかに整っている気がする。
 そんな埒も無いことを考えながら、額に幾筋か落ちかかっていたアーチャーの白い前髪を、何の気無しに士郎がかき上げた時。アーチャーは、うっすらと目を開けた。
「……し、ろ……う……?」
「――!!」
 息を呑む。
 アーチャーは、士郎のことを「小僧」や「衛宮士郎」とは呼ぶけれど、今まで一度も「士郎」と呼んだことはない。
 そんな、親しげな呼び方では。
 そのせいで、折角落ち着けた心臓が、また激しい鼓動を叩き始める。こんなにばっくんばっくん音がしてたら、アーチャーにも聞こえてしまうんじゃないだろうか。
「あ、えと、その。あー……、大丈夫、か、アーチャー」
 それを何とかして誤魔化そうとしたせいで、声がぎこちなくなった。
 アーチャーは、やはり怪我のせいで常の調子が出ないとみえて、士郎に「大丈夫なわけがあるか。見て分からんのか、たわけ」などと吐き捨てることはなく、ほうっと一つ大きく息をついてから、呟いた。
「……油断、した」
「ああ、……うん」
 思わず、何とも間抜けな返答をしてしまった士郎だが、アーチャーは聞いていなかったのかそれには特に突っ込んでは来なかった。代わりに、訊いてくる。
「ここは……お前の、部屋、か?」
「そうだけど――お前、自分でここまで来たの、覚えてないのか?」
「……無意識だった、のだろうな」
 億劫そうに、またアーチャーは瞼を閉ざす。だが、今度は眠ったりしたわけではないのは、自嘲の笑みを、彼が浮かべたから分かった。
「オレも、随分とやきが回ったものだ……」
 貴様などに、心配されるなどと。続けられた言葉に、士郎はむっとした。いつもの厭味が無いことを心配して損した。分かってても言われると、やっぱり腹立つ。どうせなら、余計なことを喋れないように、口にも怪我しちまえば良かったのに。
「なんだよ。じゃあ、ここに来なかったら良かったろ」
「……それも含めての、不覚、だ。……凛、は?」
「遠坂は、セイバー達とアインツベルン城にお出かけ。今夜は帰ってこない」
「……そう、か、……ッ……!」
 傷が痛んだのか、アーチャーは顔をしかめた。
「アーチャー!?」
「凛がいなくて、良かったのか悪かったのか……。こんな様を見せなくて済んだのは、良かった、が……。……貴様も魔術師のはしくれ、ならば、治癒の術くらい使ってみせろ、この未熟者が」
 どう考えても八つ当たりだ。だが、士郎がアーチャーの傷を即座に治す方法を持っていないのも事実である。
 いや、待てよ。
 治癒は出来なくても。
 魔力を回復させることは出来るじゃないか――。
 どうして、そんな考えに至ったのか、士郎自身にもよくは分からなかった。ただ、いつも毅然と背筋を伸ばしている男が、弱々しく横たわっている様を、見ているのが辛かった。
 ……辛い?
 そうだ。
 ああ、そうだ。
 だって、アーチャーは、俺の理想、俺の憧れ、俺の――。
 士郎は、アーチャーの上にのしかかるようにして、その顔の両側に手をついた。
「……何、だ?」
 鋭さを欠いた銀灰色が、士郎を見上げる。士郎は何も言わずに、身を屈めた。
「!?」
 アーチャーが鋼の目を見開く。罵声を飛ばそうにも、声を発するための唇は、士郎のそれに塞がれていた。のみならず、ゆるりと舐められる。
 そのまま、歯列を割られて、舌を差し込まれた。アーチャーが戸惑っている間に、舌を絡め取られて、存分に吸われる。
「んんッ……!」
 アーチャーは反射的に士郎を押し返そうとするが、士郎はそうはさせまいと、彼の頭をがっちりと掴んで自らの唾液を口腔に流し込む。大体、俺を蹴り飛ばしたり出来ないくらい、今のお前は弱ってるじゃないか、と、士郎はアーチャーへの深い口づけを続けた。
 魔術師の体液には、魔力が満ちている。魔力不足のアーチャーは、本人の意思はともかくとして、与えられる唾液を飲み下す。
 一際大きく、アーチャーの喉がごくりと鳴るのを確認した士郎は、ようやく唇を離した。
「……っは……」
 零れ落ちたアーチャーの吐息が、ひどく艶かしく感じられる。僅かに紅潮した褐色の肌も、また。
「――何の真似だ、衛宮士郎」
 射殺す勢いでアーチャーは士郎を睨んだ。士郎に好き勝手されたことが屈辱的なのだろう、白い眉がつり上がっていた。やり方はともかくとして、魔力を得たことでアーチャーの表情に強さが戻り、声にも張りが戻りつつある。
 ああ、俺の知ってるアーチャーだ。士郎は安堵して、アーチャーを見下ろす姿勢のまま、告げた。
「アーチャー……、俺、お前のこと……好きだから」
「……は?」
 ぽかん、とアーチャーは目と口を開いた。呆気に取られた顔は、結構幼い。
 そのまま、無言でたっぷりと2人で見詰め合うこと、数分間。
 ようやく、声を出したのはアーチャーだった。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、そこまで馬鹿だとは知らなかったぞ、衛宮士郎。いや、変態か?」
 侮蔑、というよりは困惑の勝った声を出しながら、アーチャーは士郎を上からどけようとした。だが、士郎は頑なに動こうとしない。ぐっと力を込めて、所謂マウントポジションを保ったまま、アーチャーを布団の上に縫いつけようとする。流石に、飲まされた唾液の量程度の魔力では、体を普段通りに動かすまでには至らないようで、今のアーチャーは士郎に力負けしている始末だった。
「あーいいよ、馬鹿でも変態でも。そうだよな、俺おかしいよな。セイバーとか遠坂とか桜とかライダーとか、綺麗な可愛い女の子達が一つ屋根の下に住んでるのに、それよりも、俺よりでかくてごつくて厭味ばっかり言う男の方が好きなんだもんな」
「……開き直った……」
 思わず、抵抗の手を止めて、アーチャーはまじまじと士郎を見上げた。
 自分と同一の根から伸びながら、自分とは違う方向へと進んでいこうとする少年。――だが、今、こいつは大幅にその道を間違えていないか?
 自分達が男同士だというのは、まあ、百歩――十歩くらいは譲っても良い。だが、最大の問題は、この衛宮士郎がエミヤシロウに繋がらないとしても、エミヤシロウには間違いなく衛宮士郎だった過去があったということだ。自分自身に好意を囁くなんて、一体どんなナルシストだ。
「……ッ!!」
 アーチャーは、びくりと背を震わせた。肩の、ごく薄い切り傷に舌を這わせられたからだ。それでもって、傷を治そうとでもいうように。士郎が、丹念に、舐めている。ぴりぴりした刺激が、背筋を上ってくる。
「こ、こ、この、このたわけ! 何をしている!!」
 思い切り動揺しまくって声が上ずっているアーチャーに向かって、士郎は顔を上げた。
「魔力」
「何?」
「魔力、要らないのか」
 士郎の言葉に、アーチャーは鋼色の瞳を数度瞬かせ――その意味するところを悟り、かあああっと顔を朱色で染め上げた。それは、怒りのせいか、羞恥のせいか。
 利剣のごとく鋭い眼光も、赤い頬のせいで挑発的にすら見える。
「……まさか貴様、オレを抱くというのか」
「そうだよ」
「なっ……!」
 あっさりと肯定されて、アーチャーは目を瞠り、次いで唸るように言った。
「寝言は寝てから言え。世迷言なら、死んでからだ」
「しょうがないだろ、嫌なんだから」
「嫌だとはこちらの台詞だ!」
 意味の分からない答えを返されて、アーチャーは士郎の手を振り解こうとするが、士郎は逆にアーチャーの手を掴みとめる。そのまま、手の甲に唇を落とされて、思わずアーチャーは硬直した。
 何だこれは一体、何がどうなっている? 何でこんなことに……。
 混乱するアーチャーをよそに、士郎はアーチャーの手を握ったまま、上体を伸ばした。
「お前が傷ついて、こんな風に弱ってる姿を見るのは嫌だ。だから、魔力を分け与えたい。好きだから、抱きたい。おかしくないだろ」
「いや、おかしいだろう。色々と、根本からして――あッ……!」
 耳朶を食まれ、熱い舌を耳孔に差し込まれて、アーチャーは身をよじる。ぴちゃり、と耳を嬲る音が直接、頭蓋を通して伝わってくるのに、身震いする。
 意思のほうは紛れも無く、こんなのは嫌だと思っている。それなのに、魔力を糧とする体のほうは、決定的にそれが足りない身に与えられようとする気配を敏感に察し、勝手に飢えと渇きに疼きだしていた。浅ましい。
「……やめろ」
 今なら、まだ止められる。引き返せる。過去の自分とは違う少年が、手に入れるべき新しい未来の枷になど、なりたくない。戻れなくなる、その前に。
「アーチャー」
 熱く耳元で囁かれ、肌が粟立つ気配。懸命に、それを堪える。
「お前なんか嫌いだと思ってた」
「ならば、もう一度言う。やめろ。後悔するのは、オレではなく貴様だぞ」
「俺のこと、とにかく見下してくるし、体格以上に態度はでかいし、厭味や皮肉はそれ言わないと死んじまうのかと思うくらいに日常茶飯事だし、そのくせ肝心なことは何も言わないし、自分のことにはとにかくネガティブシンキングだし、それなのに徹底的にお人よしだし、嘘ばっかり上手いし、都合が悪くなったら磨耗して覚えてないって誤魔化すし、頑固通り越して馬鹿みたいに強情っ張りだし、後悔ばっかりしてるし、死にたがりだし――」
 滔々と淀みなく、士郎はアーチャーへの文句を並べ立てる。そうだ、それでいい。だから、やめろ。衛宮士郎、お前に必要なのは、共にこの先を歩いていける存在であって、理想の残骸、未来の亡霊に過ぎないオレじゃない。
「……けど、全部ひっくるめて、俺はアーチャーが好きなんだ。憎悪と愛情はとても似た感情なんだって、何かで読んだけど、今なら、それが分かる」
「士郎!」
 アーチャーは、士郎の肩を掴んだ。はっきりと名を呼ばれ、士郎が目を丸くする。
「やめろ! お前が――その手に抱くべき相手は、決してオレじゃない」
「好きだって言ってるだろ」
 そう言いながら、士郎はいっそ無垢に、破顔した。
「好きだ。他の誰より、お前がいい」
 念を押す。
 衛宮士郎は、エミヤシロウを頑固以上に強情だと言ったが、それはそっくり自分自身にも当てはまるではないか。どうして。どうして分からない? 失ってからする後悔なんて、知らないほうがいいのに。
「お前がお前自身を否定するなら、俺はお前を肯定する。それは、俺にしか出来ないことじゃないか」
 真剣な声が、強固な脆い檻に罅を入れていく。罅は徐々に大きくなり、後は割れるだけだ。
「……たわけ」
「うん」
「たわけ」
「そうだな」
「たわけ!」
「分かってる」
 鋼色が揺らぐのを、琥珀色がじっと見つめていた。

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