Summer Vacation!

03


 士郎と体を交えるになってから、性器を弄られるよりも、秘部に士郎を受け入れてかき回される方が、より強い喜悦を得られる体にアーチャーは作り替えられた。むしろ、本来は受容するためではない器官の、後ろの穴こそが、性器も同然になっていた。発情し、男を欲しがる淫靡な膣のように。その、抱かれる快を、アーチャーの身体は求めているのだ。
「……んっ、ぅう……」
 無意識にか、せがむように腰を揺らす。
「士郎……」
 アーチャーの反応が微妙に変わったのを、士郎は敏感に感じ取った。下肢から口を離し、身を起こすと、汗で貼りつく自分の服を脱ぎ捨てる。
 そして、アーチャーの脚に絡んでいた衣服も全て取り去り、何も隠す物が無くなった身体を、士郎は裏返しにさせた。
「……アーチャー……、……好きだ」
 簡潔な言葉の中に、感情の全てを込めるようにして、士郎は言った。
 お前が好きだ。お前のことが一番、好きだ。だから、欲しい。お前だけが、欲しい。
 声なき声が聞こえたわけでもあるまいが、アーチャーが、首を捻って士郎を見た。笑いを浮かべた士郎は、アーチャーの尻に手をやった。女性とは違って柔らかくはないが、筋肉で形良く引き締まっている。
 そこに、士郎の顔が寄せられた。
「……やっ、……く……!」
 双丘を割り開かれ、奥まった秘蕾を曝け出される。士郎の他は誰も――アーチャー本人ですら目にしたことのない、密やかに色づいたその内奥に、士郎の舌が滑り込んだ。
「あああっ、あ、ああ……っ」
 片手の指で、小さく閉じていた後孔を広げられ、出来た隙間に舌をねじ込まれて、唾液を注がれる。壁を舐めると、悦んでいる、といわんばかりに内部がきゅうと締まった。
 熱く柔らかく、襞を舌で分け入ると、媚肉がひくひくと震える。
 秘所に舌が走って、じゅぷ……と濁った音を立てる度に、アーチャーが艶めかしい嬌声を上げて、背が大きく揺れた。
 士郎は、アーチャーを念入りに解す行為に没頭する。ここでアーチャーと繋がるのだからと、入り口をたっぷりと濡らし、唾液を乗せた舌を、奥へ奥へと差し込んでいく。丹念に内部を愛撫すると、徐々に後孔が綻んでくるのが、舌先に感じられた。
 アーチャーの、中も外も潤んでくる。開かれるのを待ちわびて、アーチャーは喘ぐ。
 そうしているうちに、窄まりの縁と周囲をさすって行き来していた人差し指が、アーチャーの内部に沈んできた。
 最初は、浅いところをぐるりと掻き回す。
「ん、あっ」
 すると、声に誘われるようにして、指は奥へと侵入した。曲げられた指に粘膜を擦られ、内側を食い締めるようにアーチャーの体が動いた。
 狭い器官の中を、蕩け具合を確認するかのごとく、根本まで埋め込まれた指が攪拌する。
 一旦奥まで入れられた指は、内壁を擦りながら引き出された。そんな士郎の指の動きに対して、名残惜しげに、ざわめく中の肉が絡みついた。
 抜かれた指に縋った媚肉が捲れて、蕾が紅い花を咲かせる。
「や……あ、ああ」
「アーチャー、お前の中、……すごい熱い。俺の指に、さっきから絡んでくる」
 喉が干上がりそうになるのを堪え、士郎は再び、同じ指を突き入れた。今度は、一気に奥まで侵入する。アーチャーが、畳の上に脱ぎ捨てられたシャツを、縋るように強く掴んだ。
「あ、あ……っ、ん、んあッ!」
 内部を押し広げるように、抽挿が始まる。ぐねぐねとうねる内壁は、士郎の指を拒絶することなく、逆に誘うようにざわめいた。
 たまらない、という風にアーチャーが上半身を捩ると、人差し指に添えて、もう一本の指が入り込んできた。何度も士郎に暴かれたアーチャーの体は柔軟に、その異物を受け入れた。
 二本揃えた指で内側を捏ねられ、柔らかい壁を押される。指の半ばほどまで後退すると、また中へと戻り、と出し入れを繰り返す。その動きが激しくなり、大胆になっていく。
「ぁ……あ……あ……!」
 体の内側から与えられる刺激に、逐一痙攣する肢体。熱い肉をかき混ぜられ、快感にひたすら翻弄されるアーチャーの声も、震えている。
 アーチャーの内部を掻き回していた士郎の指先が、ある箇所を捉えた。他とは違う感触のそこに触れられた途端、アーチャーの全身が強張り、それと同時に、
「――ひっ! ああ、あふっ……、んや……あ!」
 甘い余韻をいつまでも耳に残すような艶声が、唇から迸り出た。
 アーチャーの、快楽の源泉。そこを嬲られたアーチャーは、痺れる身体をびくんびくんと突っ張らせた。
「あ、や、やだ、そこ、嫌、あ、あああっ!!」
「嫌、じゃなくて、ここがイイんだろ……、……アーチャー?」
 夏休みに入ってから今日まで、放っておかれた意趣返しというわけでも無いが――いや、多少はその気はある士郎は、執拗にアーチャーの弱点を集中攻撃する。強烈すぎる官能に、放埒な嬌声を搾り取られて、アーチャーはのたうった。
「うぁッ……、は、ん、……やあっ……! や、嫌……」
 しかし、口では拒絶の言葉を言ってみても、裏腹に正直な体内に入り込まれた指には、直截な快楽を訴えてくる。強く擦られ、激しすぎる刺激に、アーチャーは完全に理性の箍を外した。
 火照った肌の上に、玉粒の汗が散らされる。涙とも汗ともつかぬ雫が、光に透ける白い睫毛を濡らした。
「あ……あ、や、やあ……、い……や、駄目、おかし、く、なる……、オレ、おかしくなる……、……士郎……!」
「おかしくなっていいから、……もっと、お前の、エロくて可愛いところ見せてくれよ、……アーチャー」
 泣き叫ぶような痴態を見せるアーチャーに、士郎の興奮の度合いも、否応なしに高まる。下手をしたら、この光景で達してしまえそうに思うくらいだ。
 何せ、あの、人前では泣き言など決して口にしようとしないアーチャーが、身も世も無い風情で、自分がもたらす悦楽に喘ぎ啼いているのだ。これが、昂ぶらずにいられようか。
 それでなくても、久しぶりに触れるアーチャーの肌である。これまで、士郎はアーチャーに何度か「お預け」を食らわされたことはある。ただし、それは愛情の暴走というやつで、いき過ぎ、やり過ぎの類いでアーチャーを怒らせたためであり、今回の場合は、士郎には何の落ち度もない。
 だから、少しばかり、いつもより激しく乱れてよがるアーチャーを堪能させてもらったところで、罰は当たるまい、というところだ。
 もっとも、アーチャーにしてみれば、これほどの過度の快楽は、もはや拷問の域であるが。
「あうッ……や、ああ、しろ、お……、もう……」
 ひたすら悦楽に喘がされるアーチャーには、冷徹な皮肉屋の面影は欠片もない。辛いくらいの快感を与えられて、それでもなお、体が勝手にそれ以上を貪ろうとするのに、ただ淫らに乱れる。
 既に入っていた二本の指で穴を広げると、士郎はそこに三本目の指を増やした。奥でばらばらに動かして、アーチャーの体の内部を思うさまにかき乱す。時折、戯れに前立腺の辺りを刺激してやると、顕著にアーチャーの背が跳ね上がった。
 褐色の体中にびっしりとかいた汗が、艶めかしさを助長している。いつもは強情で頑迷な、自分達を恋人同士とは認めない、この弓兵のサーヴァントを愉楽に狂わせられる喜びを、士郎は噛み締めた。
「アーチャー……やらしいな」
「あ……っぁああ、あ!」
 抜き差しする動きに合わせて蠕動する内壁は、士郎の指を歓迎し、吸い付いてくる。
 束になった士郎の指で充溢していながら、次の愉悦を期待して待ち構えているように。熟れた肉は柔軟さを増し、解れてひくひくと何度も痙攣した。
 堪らない。そう感じているのはアーチャーだけでなく、一度も体の熱を開放されていない士郎も、もはや限界に近い。核心はずくずくと脈打って、アーチャーを欲しいと訴える。指だけでこれほどに官能の波に呑まれているアーチャーの中は、入ってしまえばどれだけ気持ちが良いだろう。
 士郎は、様子を伺うように、一度、ぐるりと大きく指を回した。中がうねり、奥の方から締め付けられた。
「ん……ふ……ぅっ……」
 悩ましい息が吐き出される。
「……そろそろ、いいか?」
指が引き抜かれて、体内を埋める物を失ったアーチャーの喉奥がおののいた。その身体は、もう充分以上に奥まで開かれている。完璧に、士郎を受容するための、アーチャーの準備は整っているようである。
 アーチャーの顔を覗き込んで、士郎が確認のために、訊いた。乱れて落ちきってしまった前髪の下にある、溶けて濡れた鋼の奥底に、淫靡な炎がしっかりと灯っているのが見て取れた。
「ん……」
 半ば朦朧としながらも、アーチャーは頷く。いつものような意地を張ることなく、至極素直に。
 士郎はアーチャーの髪を梳きながら唇にキスを落とし、軽く吸う。
「……じゃあ」
 ぐい、とうつ伏せていたアーチャーの腰が引き上げられた。膝を立てられて、腰を突き出した、獣のような姿勢を取らされるが、もはや羞恥を感じる余裕は、アーチャーには無かった。
「……あ」
 完全にいきり立って猛る士郎のものが、暴かれた秘唇に後ろから宛がわれる。それをもってして、アーチャーを我が物にするために。
 だが、そこで士郎の動きが止まった。
「……?」
 腰を抱え上げられたまま、アーチャーは戸惑った。すぐにでも士郎は押し入ってくるのかと思いきや、柔らかくなった入り口の辺りを指の腹で撫でて、硬く凝った熱を当ててはくるものの、アーチャーの中に挿入してこようとはしない。
 それが、ひどくもどかしい。指よりもっと熱い塊に貫かれ、抉られて、掻き回されて、共に絶頂まで登りつめる、その恍惚を互いに感じ合いたいのに。
 士郎だけが与えてくれる、愉悦を。それは、士郎も同じな筈だ。
「……し、ろ……う?」
 荒い息の下で、アーチャーは訝しげに、切れ切れに士郎の名を呼ぶ。舌がうまく動かず、呂律ろれつの回らない感じになった。
「アーチャー」
 自分よりも一回りは大柄な体を両腕で抱いた士郎は、アーチャーの背に上体を倒した。とっくに汗まみれになっていた肌同士が密着する。
「……こういう時、言うこと、あるだろ」
 言いつつ、士郎はアーチャーの背中に唇を寄せた。汗に濡れた皮膚の上、肩胛骨と背骨の間辺りを噛みながら強く吸う。愛咬の証を示す紅い花が、そこに咲いた。
「あ……!」
 アーチャーの背が反らされる。
「なあ、欲しい? 俺のこと、欲しいか?」
 焦らさんばかりに、士郎は殊更にアーチャーに体を押しつけつつも、まだ入れようとはせずに、入り口を嬲って熱を誇示する。
「……言ってくれよ」
 そして、ねだる。アーチャーの口から、はっきりとそれを聞きたいと。
 飢餓感が押し寄せてくるような気がして、アーチャーは腰をくねらせた。蕩けきったこの体を、どうにかしてくれるのは士郎しかいない。
 幾度となく我が身裡に迎え入れた、熱を。体の中心から感じる、欲。
 そうだ、欲しい。――欲しい。
 懇願じみて、アーチャーは士郎の求める言葉を発した。
「……入れ……て……、入れて、くれ、……欲しい、士郎……、早く……!」
「……ああ」
 喜色に満ちた声で、士郎がそれに応じる。
 一緒に、気持ちよくなりたい。お前のことが好きだから、一方的に欲しがるだけじゃなくて、お前にも欲しがられて、一緒に分かち合いたい。
 士郎は、割り開いたアーチャーの脚の間に、体を進めた。
 熱の先端を埋め込む。アーチャーは士郎を受け入れるために、力を抜いた。
灼けるような感触が、アーチャーの中に侵入してくる。ゆっくりと、入り口をいっぱいに広げるように動いて、体重をかけるように入っていく。
「ん……やっぱ、狭い……。きつい、な……お前の中。でも、凄い、熱いし気持ちいい……」
 熱っぽく囁きながら、士郎が突き込んできた。
「あああああああっ!!」
 張り出した部分が、一番きつい箇所を抜け、アーチャーは悲鳴にも似た声で叫んだ。馴染まされてはいても、押し開かれる瞬間は、やはりどうしたって苦痛がある。だが、その痛みも、士郎と繋がるのに必要なことだった。それに、アーチャーが本気で嫌がることは、士郎はしないようにしている。
 背を反らせて痛みを逃しながら、アーチャーは意識して、深い息を吐いた。
 痛みが、悦びと快感にすり替わっていく。
 つまるところ、アーチャーは士郎に抱かれることが好き、なのだろう。少なくとも、嫌いではない。アーチャーは、苦痛に対する耐性は限りなくあっても、士郎に与えられる快楽には、滅法に弱いのだ。
 あれだけ、殺したいと衛宮士郎を憎んだことが、もう、生前よりも遠い過去のことのようだった。
「……あつ……い……」
 熱いのか、暑いのか、よく分からない。分からないまま、アーチャーは呟いた。
 外では、蝉が賑やかに鳴いているはずなのに、聞こえるのは、自分の乱れきった声と、士郎の声、そして互いの荒い息遣いだけ。まるで、この世界には今、自分達二人しかいないのではないか、という錯覚すら感じる。
 腰を回すように擦りつけられる。熱い肉襞をかき分けながら、士郎がアーチャーの内部を進んでいく。
 音を立てて打ち付けられる。
「っ……あああ……!」
 ずず、と内側を擦られたのにつられ、アーチャーの腰が揺れた。
 溶かされきった場所を、ぬるりと硬い熱が押し広げてくる。奥へ、奥へと。
 結合が深まっていく。最初に抱かれた時は、到底入るわけがないと思った物を、受け入れる行為に慣れたアーチャーの体は呑み込んでいく。
「……っは……あ……」
 待ち焦がれた感のある内壁は、ずぶずぶと士郎の肉棒を呑み込む。剥き出しの欲望を包み込まれる快楽に、士郎は目眩がしそうになる。
 いい、もの凄くいい。アーチャーの中、最高すぎる。
 額から顎まで、汗が伝い落ちる。
「……アーチャー……!」
 食らいつくように締まってくる肉の中を、士郎は止まらずに進む。数回、短く突いて、更に奥を探る。
 緩く掻き回されて、アーチャーが無自覚のままに、体を捩った。それで、きゅっと中にある質量を締め付ける。
「ア――はあ、あっ」
 すると、一気に大きな突き上げが来て、指では到底届かない最奥まで、貫かれた。
 全てを埋没させた士郎が、アーチャーの腰を引き寄せる。限界まで入り込まれた内側の壁が、士郎の熱に爛れて、淫猥な音を立てた。
 繋がった部分に、士郎は指を這わせる。
「……お前の体、……気持ちいい……」
 背中にかかる士郎の体温も、呼吸も熱い。
「あ……ああ」
 アーチャーが小さく戦慄わなないた。じんわりと、士郎の熱に、自分の体が絡んで、溶けていくのを感じる。どちらのものとも判然としない脈動が、体の中心部にあった。
「……動いて、いいか、アーチャー」
 馴染んだ頃合いを見計らって士郎が言うから、いい、とアーチャーは返した。
 それで、抽挿が始まった。熱い粘膜をゆるゆると撫でるように、浅い場所を行きつ戻りつする。密着した腰が、小刻みにゆらゆらと揺らされる。
 ただ、延々と愛撫を受け続けた肌は、もはやその程度の律動では、飢えに似た欲をより一層にかき立てられるだけだった。アーチャーは、譫言のように、言った。
「士郎――もっと……」
 より強い快感をねだる言葉。
 もっと強く、もっと深く、もっと激しく、と。
「うん」
 無論、士郎に否やのあろう筈が無い。
 収まりきっていた物が、ずるりと抜き出される。抜けてしまうすれすれまで腰を引いた士郎は、その勢いで再びアーチャーの中に押し入った。
「あ、は……っ、あ、あああ、あ……!」
 体の奥深くまで貫かれたアーチャーが、仰け反る。
 あまりにも心地良いアーチャーの体内に、士郎は意識が飛びそうになる。果てが無いのかと思うほどに強い、凶悪なまでの快感を、ひたすら貪る。
 敏感な奥を開かれて、硬く熱い性器全体で擦られる。ずんと突き上げられ、アーチャーは嬌声を上げる。
「は、ぁ、ああ! んあ……あっ、あ……ふ……!!」
 熱く狭い肉壺の中を突き荒らしては、不規則に抉り立てる。士郎の動きにアーチャーは惑乱して、何度も身を捩った。
 腰を持ち上げるようにして揺さぶられ、深く入ったまま突き込まれて、また引いては奥を穿つ。
 濡れきった、ぐちゃぐちゃと卑猥な音が聞こえる。良いと感じる場所を狙って突かれ、神経を直接刺激するような、きつすぎる快楽にアーチャーは悲鳴を上げながら、それでも自分から身を士郎に擦りつける動きをする。抱えられたまま、せがむように腰を揺らす。
「すご……アーチャー、お前、奥から締まって……」
「あ――士郎、……士郎……、い、いい……!」
 いい、気持ちいい、と、啜り泣くような、鼻にかかった甘い声音。四肢がばらばらになってしまいそうなほどの忘我の愉楽に、アーチャーは浸る。
 自分が激しく腰を打ち付ける度、乱れる褐色の肢体に、士郎は更に昂ぶる。脳裏が白熱する。がくがく震える体の、奥深くのひくつく場所を抉る。
「……アーチャー、俺も、……最高……! 俺の、……アーチャー!!」
 叩きつけんばかりに、力強く貫く。愛しいと、心からの思いを込めて。最も弱い箇所を、ぐるりと円を描くように腰を回したら、アーチャーが顎を仰のかせた。
「ひぁあ……ッ!」
 一際強い波に、アーチャーは絶頂へと押し上げられる。張り詰めた太腿の筋肉が緊張し、つま先は伸びきって、身悶えしながら、熱を吐き出した。
「あッ……、ああああああああ――!!」
 アーチャーが極まったと同時に、きつい収斂が起きる。それに促されたように、士郎も小さな呻きと共に動きを止めて、身体の最奥に熱い奔流が浴びせかけられる。目の前が一瞬白くなり、意識が曖昧になった。
 士郎の射精は長かった。狭い体内から溢れ出しそうなほど、どくどくと大量に白い欲望を流し込まれてくる。それに、倒錯した充足をアーチャーは得た。それから、猛烈な脱力感に襲われて、達して重い身をぐったりと投げ出した。アーチャーの腰骨の辺りを掴んだままの士郎も、広い背の上に寄りかかってきた。
 二人の荒い呼吸が室内に満ちる。暫く、背中にある士郎の穏やかな体温だけを、アーチャーは感じていた。
「ん――」
 そうしていると、限界まで上がっていた熱が、少しずつ引いていく。それでもまだ意識はふわふわと漂うようで、思考は働かない。
「あ……っ」
 無抵抗に上半身を転がされ、下肢を縫い止められたままの不自由な体勢で振り向いたアーチャーは、そのまま唇を奪われる。
 結合を深めることのない、ただ、触れるだけの柔らかい口づけに、アーチャーは目を閉じた。少し、塩辛い汗の味がした。
「アーチャー……、お前が、好きだ」
 背に覆い被さった士郎が、唇を離して熱っぽく掠れた声で言った。
 アーチャーは答えない。いや、答えられなかった。
「ッあ!」
 体内に入ったままの士郎の物が、再び力を取り戻して、体内を押し広げてきたせいだ。
 だが、予想とは違い、士郎はそのまま押し入ってくるのではなく、逆に身を離して、アーチャーの中から濡れた熱塊を抜き出した。その感覚が妙に切なく感じられ、アーチャーは身震いした。
「……は……」
 それも束の間。ぐいと、士郎はアーチャーの脚を抱え上げた。
「し、ろう……?」
 士郎は、今度は眼下にアーチャーの顔がよく見えるようにして、仰向けに組み敷いた。
 あられもなく脚が広げられ、しとどに濡れた秘所も露わにされる。アーチャーが体勢を整える暇も与えずに、散々に開かれて濡らされ掻き回されたその蕾へ、全く萎えていない士郎の欲望が突き込まれた。ぐちゅり、と繋がった箇所から、士郎から吐き出された白濁が零れる。
「……まだ、足りない。もっと、欲しい……アーチャー」
「あ、ああ、あ、士郎……!」
 びくびくと震えながらも、アーチャーの体は貪欲に士郎を受け入れていく。どうやら、情欲の熱は引いたのではなく、燠火おきびのように皮膚の下に潜っていただけのようだった。大抵は、一度熱を吐き出した後の士郎の挑みには、嫌だと拒否することが多いアーチャーだが、この日は違った。
 ぞわり、と背筋を粟立たせて、アーチャーは士郎の背に手を回した。
 承諾の印だった。それを受けて、士郎が激しい攻めを再開する。
「んぁあっ、あ、ふ、ああ、っん」
 二度目ということで、アーチャーの順応は早かった。無意識に腿の間に士郎の腰を挟み込み、脚を絡ませる。揺すられながら、動きを合わせる。
そうして、アーチャーは士郎の求めに応じ、二回目の高みを目指すために、全てを委ねた。


 気付いたら、明るかった部屋の中は薄墨の中に沈んだように暗くなっていた。頭の芯が重く、全身の力が抜けきって気怠い。どうやら気を失っていたらしいと、アーチャーは身じろいだ。
 横たわっていた身体の上には薄いタオルケットが掛けられていて、それを捲ると、下は全裸のままだった。
「……!!」
 我に返ったアーチャーは、発火する勢いで赤面した。急速に理性が戻ってきて、いたたまれないといったら無い。
 まだ空の色も青いうちに、士郎と押し問答の末、流されるようにして抱かれて、それから何時間経ったのだろう。三回までは辛うじて記憶があるのだが。
 それにしても、この疲れぶりは半端でない。立ち上がろうにも、情けないことに腰がほとんど抜けている。喉も嗄れて、荒れている感じがあった。少し、咳き込んだ。
 疲労困憊、である。
 足腰に力が入らないから、アーチャーは視線だけを持ち上げて、周りを見回す。士郎の姿は無い。蓋が開けられたままのノートPCは、とっくに省エネモードだ。脱ぎ捨てられたアーチャーの服は、見当たらなかった。洗濯に持って行ってくれたのか。
 時間的に、多分、士郎は夕食に行ったのだろうと思われる。食事当番で無いときは、アーチャーは時々、仕事で手が離せないからと食事を抜くこともあったので、それに関しては怪しまれないと思いたい、が。まさか、自分の上げた声が居間の方にまで聞こえていたとは、思いたくない。
 というか、サーヴァントが気絶しているのに、人間の魔術師の方が元気にぴんぴんしているとは、一体何事だ。性少年(誤字にあらず)の体力、恐るべしとでも言うのか。今頃、さぞかしつやつやしているかもしれない。
 ある程度は、士郎の放った精を魔力に変換出来ているが、どれだけの量を注がれたのか、まだ腹の中に精液が溢れているのが分かった。押したら、零れてくるかもしれない。とにかく、だるい。
 はあ、とアーチャーはため息をつく。
(……全く)
 ここまで、士郎に許してしまった自分に呆れかえる。一体、オレは何を考えていたんだ。自分で自分が信じられない。夏の暑さに浮かされた、とでもいうのか。その一方で、溜め込みすぎだ馬鹿めと、士郎に八つ当たりする気分もある。
 横になったまま、寝返りを打つ。
 士郎の無茶ぶりは知っていたつもりだったが、ここまでやるとは思わなかった。
 のろのろと腕を上げて、前髪をかき上げる。起きるにせよ何にせよ、とりあえずは、魔力の消化に専念するしかなさそうだ。
 まだ日中の温度を残した、少し生温い風が、緩く窓から入っている。
 今は、何時だろう。そう思っていると、廊下から足音が近づいてきた。
「……アーチャー、起きてるか?」
 士郎の声がする。寝たふりを決め込んで、アーチャーは応じなかった。タオルケットをかぶり直して、丸めた裸身を隠す。
「入るぞ」
 部屋の入り口を塞ぐ襖が開かれた。
「水、持ってきたけど」
 心遣いといえば心遣いなのだが、かえってアーチャーは理不尽に腹が立った。士郎が自分に歩み寄ってきても、無視をしたままだ。大体、求めに応じてしまった自分も悪いかもしれないが、そもそもは無体を働いてきたのは、士郎だ。
 本当に、馬鹿だ。士郎も――オレも。
「……起きてるんだろ」
 水の入ったペットボトルを畳の上に置いた士郎は、アーチャーの顔を覗き込んできた。
「……うるさい、反省しろ」
 思いっきりトゲの生えまくった声で、タオルケットを手繰り寄せてアーチャーは言った。無論、士郎からは顔を背ける。
「なんでさ」
 一方の士郎は、情事の最中と打って変わって、不機嫌きわまりない、という様子のアーチャーに、戸惑いはしないが、納得もしていない顔をした。横になっているアーチャーの身体を挟み込んで両手をつき、腕の中に閉じ込めるようにして、見下ろしてきた。
 アーチャーは、まだ動きが不自由なせいで、その檻から逃げられない。辛うじて、吐き捨てた。
「なんで、も、へったくれもあるか! 自分の行いを顧みんか!」
 だが、それに怯むようでは、息をするように皮肉を口にし、「嫌味を言わないと、死んでしまうに違いない」などと言われるアーチャーとつきあってはいけない。士郎は、反撃に出る。
「何だよ、お前だって、もの凄く気持ちよさそうだったじゃないか! 悦かったんだろ!?」
 あまりにもストレートな言いように、アーチャーは赤くなりながら怒鳴った。
「こ……っの馬鹿者が! そもそも、お前が昼間っからやりたがらなかったら、何も問題は無かったんだ!!」
「問題なんか、ありまくりだ! エッチしてる時は、アーチャー、別人みたいにエロいくせに!! しないでいられるわけない!」
「何を言うか、この変態、野獣! 貴様なぞ、いっそ去勢されてしまえ!」
「冗談!」
「本気だ!」
「大体、お前が、俺にもう少し構ってくれたら、良かったんだよ!」
「知るか、たわけ!!」
 言い合っているうちに、段々、互いに声量がボリュームアップしていく。非常に低レベルなのは、まあ、いつものことだが。そんな言い争いの後、ようやく士郎を見たアーチャーは急に、にこやかな笑みを浮かべた。ただし、目が笑っていない笑顔だった。
「……とにかく、夏休みが終わるまで、もうオレに触るな」
 アーチャーの口から出たのは、突き放すような宣告である。それに、士郎はうろたえはしなかったが、さすがに不服そうな表情になる。
「――お前、何で、学校の夏休みに合わせたみたいに、内職なんか始めたんだよ」
 問うてきた。言外に、そもそもは、お前が俺をわざと遠ざけたからじゃないか、と、少しばかり拗ねた感情を混ぜ込んで。
 一瞬の間の後、アーチャーは、はぐらかすかと思ったが、意外にあっさり答えた。
「夏休みの方が、お前はかえって忙しいだろうと思ったのだが」
「は?」
 お前は何を言っているんだ、と顔を顰めた士郎に、アーチャーはさらっと言ってのけた。
「高校最後の、お前の夏休みを邪魔せんようにな。ついでに、収入も出来て一石二鳥だろう」
「お前なあ……」
 がっくりと、士郎は脱力した。アーチャーが壮絶に鈍いのは分かっていたものの、ここまで、激しくズレているとは、まさに斜め上だ。
 高校を卒業したら、士郎は凛と一緒にロンドンの時計塔に行くことが決まっている。親しい友人達とも離れるから、確かに、今のうちにと、かなり頻繁に遊びに出ているのは、事実だ。
 だが、それは「別腹」である。
 心を奪われて仕方が無い、愛しい人と過ごす時間は、もっと大事に決まっている。
 その辺を、アーチャーはどうも分かっていない。
「……アーチャー」
 士郎は、アーチャーに触れないぎりぎりの位置まで、身を屈めた。そして、視界いっぱいにアーチャーを映し込む。
 褐色の肌、鋼色の瞳、白い髪。自分とは異なる色彩を持った、自分の未来の可能性の一つであり、誰よりも恋しくて堪らない、弓騎士アーチヤー
 奇跡の末に巡り会った、唯一人と決めた相手。
「お前が、好きだ」
「……」
 アーチャーは、士郎を見上げる。そして、ぼそりと一言。
「……たわけ」
 表面上は罵倒の言葉だが、その口調には悪感情は含まれていなかった。
 何だかんだ言って、自分で思っている以上に、アーチャーは士郎に甘い。気まずさから来るこの不機嫌も、そう続く物では無いだろう。
 何より、アーチャーが士郎を、全くの蔑ろにしているわけではないことも、確認できた。
「もう少し、オレは寝る。今度こそ、邪魔をするな」
 と、アーチャーは言うだけ言って、さっさと目を閉じた。程なくして、寝息が聞こえてくる。
 士郎は一応、アーチャーの「触るな」という言いつけを守って、静かに身を離した。
 だからといって、本当に律儀に夏休みの間、ずっとそれを守っていられるかというと、それにはまだ、夏休みは長い。アーチャーの肌の芳しさを味わってしまったら、尚更だ。
「……好きだよ」
アーチャーの寝顔に向かって、士郎は囁きを落とした。
 夏の暑さで、少しはあの頑固さが溶けてくれないものだろうか、と思いつつ。