answer

Epilogue


 一瞬、アーチャーは自分の今の状況が分からなかった。
 何だって一体、自分は全裸でなどで寝ていたのか。そもそも、ここは自室ではないではないか。
 もっとも目を開いてすぐに、眼の前に赤銅色が映って、それでアーチャーは思い出した。
 ……ああ、そうか。
 士郎に抱かれたのだ。六年ぶりに。
 愛してると言われ、本当は自分も士郎を愛していると気付かされて。
 肩を抱き寄せられている、暖かい感覚。アーチャーを慈しんでいるような掌は大きくなって、包み込まれる安堵感すらもたらしてきた。
「……馬鹿士郎」
 溜息に似た呟きを零した。
「朝から、いきなりのご挨拶だな。おはよう」
 狸寝入りしていたことを隠すことなく、士郎は目を開けた。アーチャーの額に自分の額をこつりと当てて、小さく笑った。
 あいている方の手を、士郎はアーチャーに伸ばす。そのまま腰の後ろに回して、褐色の身体を引き寄せた。
「――放せ、オレは起きる」
 逆らうようにして、アーチャーは身じろいだ。ただ、如何せん、身体に力が入らない。
 何度も何度も、溢れかえるほどに注がれた魔力が、ゆっくりと、優しくいたわるように体内を循環しているのは分かるが、それを完全に消化してしまうには、もう少し時間がかかりそうだった。
 六年越しに激しく抱かれはしたが、痛めたところは何処も無い。士郎が少年の時の、がっつくような激しさとはまた違って、激しいくせにひどく優しく、愛された。
 その優しさが切なくて、アーチャーは何度も士郎に縋って、啼いた。昨夜の自分の振る舞いに、いくら何でも餓えすぎだろう、と内心で赤面する思いだった。魔力にではなく、士郎に。だから、素肌同士を密着させられて、ぎくりと身体を強張らせた。
「何もしないって」
 士郎は、アーチャーを横抱きにして、頬に軽く唇を当てた。
「もう少し、寝てろよ。俺もここに居るからさ」
 乱れた白い髪を梳かれる。
「……お前は、今日も凛のところだろう」
「いいんだよ。俺がこうしていたいんだ、一緒に」
 耳元で言われて、不覚にも、アーチャーは自分の心臓が一際大きな音を立てるのを聞いた。これだけ近ければ、絶対に、士郎に伝わっている。
「アーチャー」
 アーチャーが動悸を鎮めようとしていると、名を呼ばれた。それだけなのに、更に胸がざわつく。
「なあ」
 士郎が笑って、アーチャーの目を見た。
「愛してる」
 口づけられる。少しだけ、唇を吸われた。
 重ねた時と同様に、そっと優しく唇を離した士郎は、指先でアーチャーの下唇をなぞるようにして撫でる。
「やっと見つけた、俺の、本物」
「……士郎……」
 ここで、オレもだ、と返したらきっと士郎は喜ぶだろうと思いながらも、アーチャーは翻弄されっぱなしの自分が少しばかり悔しく、素直には口に出さない。そんな意地もまた、今の士郎は笑って許容してしまうのだろうと想像がついて、余計に口を噤む。
「いつか、お前の口からちゃんと、俺のこと好きだって言わせるからな」
 そんな内心を見透かしたかのように、ぎゅっと力をこめて、士郎はアーチャーを抱き締める。
「お前は、俺のもの――俺のアーチャー、だから」
 不意に、泣きたくなるくらいに嬉しくて幸せだ、とアーチャーは感じた。
「……どうしても言って欲しかったら、貴様の今わの際にでも言ってやるわ」
 長い長い時間をかけた末に、やっと辿り着いた答え。何よりも得難いものを手にして、お前を愛している、と言う代わりに、精一杯の憎まれ口を叩いたアーチャーは、士郎の背に腕を回して赤銅色の髪に顔を埋める。
 窓の外から差し込んでくる朝の光が、二人を祝福するように明るく輝いていた。


answer : Fin.