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Act 1 帰国と再会 前編


 驚かなかったといえば、嘘にはなる。けれど、これは全くの予想外の事態かと問われると、少し迷った末に、そうではない、と、アーチャーは答えるだろう。
 ある意味、当然のことだったとはいえるからだ。その証明を行っているのは、他でも無く、かつては紛れもなく「衛宮士郎」であったアーチャー自身だ。アーチャーを一目見て、彼の真名がエミヤシロウであると、看破出来た者は誰もいない。衛宮士郎と面識があった者達でさえ、実は、本来は彼等が同一人物なのだとは分からなかった。
 その、剣じみた長身も、一切の無駄なく鍛え抜かれた逞しい体躯も、焼きついた褐色の肌も、生来の赤銅色が抜け落ちた白銀の髪も、琥珀の色彩を喪って無機質な鋼と同じ色になった瞳も、アーチャーの、独特ともいえる特徴はいずれも衛宮士郎とはかけ離れていて、印象が全く重ならなかったからだ。
 しかし、この弓騎士のサーヴァントとして召喚された英霊エミヤが、衛宮士郎の未来の可能性の一つである、という事実に厳然として変わりは無い。衛宮士郎の行く道が、アーチャーの歩んできた道と重ならないとしても、アーチャーが過去に衛宮士郎であったことが、確定しきった厳然とした事実であるのと同じくして。
 そう、だから、これは何もおかしなことではない。
 ……ないのだが。
 心情として、何となく納得しかねると感じるのはどうしようもない。
 一つの根から発して、別の方向へと伸びていった枝。人間である衛宮士郎と、英霊であるエミヤシロウ。同じであるが故に反発し合い、本気で殺し合った末にアーチャーは、士郎に俺はお前とは違う、と啖呵を切られた。それは構わない。いやむしろ、そうでないと困る。アーチャーが聖杯戦争に参加したのは、衛宮士郎の英霊化を止めるため―英霊エミヤの消滅のためだったのだから。
 だが、違うと言ったくせに、何故こんなに近づいてきた。
 六年ぶりにアーチャーが目にした士郎の姿はすっかり成長していた、想像以上に遙かにずっと。その、目の当たりにした現実が、説明し難い心情をアーチャーにもたらしていた。
 理不尽な言い草であることは、アーチャーは重々に承知している。もっとも、士郎に対する、アーチャーの複雑に屈折した感情から発するこの思考は、もはや条件反射のレベルであって理屈ではないのだ。性格が捻じ曲がっているとか根性が歪んでいるとか言われても、もう性分になって染みついてしまったものは、不可変の英霊となった今では変えようが無い。アーチャーは改めて、士郎を見やった。
 視線の角度が変わった。以前の――六年前と同じ視点で見えるのは、顎と喉だ。常に見下ろしていた、頭の天辺は、もう見えない。顔の中心部に位置する目鼻に焦点フォーカスをあわせるには、上方へと眼球をスライドさせる必要があった。
 そうすると、琥珀色の目と銀灰色の目がかちあう。目線の位置は、僅かながらにアーチャーの方が高いものの、二十センチもの差異があった頃に比べれば、その程度の差など無いも同然で、ほとんど誤差レベルでしかない。
 にっ、と悪戯が成功した子供のような顔で、士郎は笑みを浮かべた。対照的に、アーチャーは渋面になる。無造作に胸前で組んだままだった両手の、爪を無意識に軽く腕に立てた。
 奇妙で仕方がなかった。
 確かに、六年という歳月は、人が変化するのに充分すぎる時間だというのは分かっている。少女が女性へ、少年が青年へと。
 けれど。
 六年というその意味を、改めて思いやる。
「何だよ、皆して同じような顔して呆けちゃってさ。そんなに変、か? 俺」
 士郎が頬を掻きながら口を開く。照れくさそうな表情は相変わらずだが、かつて聞き慣れていたものよりも、少し低くなった声。そういえば、ここ二年は士郎も忙しかったらしようで電話でのやり取りも絶えて久しく、ごく稀に、生存報告のような短い手紙を受け取るだけだった。日本とイギリス、冬木とロンドン。離れていたその距離以上に、離れていた六年間という時間の長さと重さをまざまざと見せ付けられる。
 それにしたって、アーチャーに迫るほどに士郎の背が伸びて、精悍さを増した風貌が、知らない間に兄弟のように似てきていたなんて。これは反則だ。全く同じ遺伝子を持つのだから、当たり前だといったらそこまでではあるが、違う道を選んだのなら、外観も違うようになればいいではないかとアーチャーは苦々しく思った。そして、ふと気付いて愕然とする。自分は結局は、こんなにも士郎に執着していたのか、と。
 アーチャーは、その場に背を向けるようにして、途中だった料理の続きをするために、キッチンへと足を向けた。どうせこの後は、お疲れ様大宴会というか、帰国祝いパーティーになることは決定済みだ。準備は抜かりなく、滞りなく、である。ついでに、精神衛生上、士郎の姿を一時的にでも視界から消せるのなら言うこと無しだ。
「だから、言ったでしょ。今の士郎を見たら、誰だってびっくりするわよって」
 華やかな声を立てて、士郎の隣で遠坂凛が笑った。
 元々、人目を惹き付けずにいられない、水際立った美少女であった凛は、歳月と共に見事なまでに美しい女性に成長していた。相変わらず丁寧に手入れの行き届いた、艶やかな黒髪は今ではリボンで結ばれることなく優雅に背中に流されていて、少女の時のような快活な可愛らしさよりも、落ち着いた気品を強く感じさせる。
「いやいやほんとーに! お姉ちゃん、驚いちゃったよ! 士郎ってば切嗣さんよりおっきくなったんじゃないの!?」
 凛の声に、真っ先に驚愕の呪縛を解き放たれた藤村大河が、士郎に近寄って遠慮なく肩をばしばし叩いた。
「痛い、痛いって藤ねえ! ちょっと遠慮しろよ、相変わらずだなあ」
 言葉とは裏腹に、さほど痛そうでもなく、苦笑しながら士郎は大河をいなす。
「何よー。士郎が人のこと驚かすから悪いんじゃないのよー」 「別に驚かすためにでかくなったんじゃないぞ。まあ、180センチで止まっちまったから、アーチャーは追い抜けなかったけど。にしても、士別れて三日すれば、まさに即ち刮目かつもくして相待つべし、って言うだろ。それが六年だぞ、六年。そりゃ変わりはするさ」
「確かに、我々は少し驚きすぎましたね。おかげで、肝心のことを言い忘れていました」
 セイバーがこほんと咳払いした後、柔らかく微笑んでその一言を発する。
「おかえりなさい、シロウ、凛」
 自らのサーヴァントである美しい騎士王に言われて、そういえば、という風に士郎はぐるりと居間に集まった面々を順繰りに見回した。
 その輪の中にアーチャーがいないことに内心苦笑し、それでも懐かしさで自然と顔が綻んだ。
「ああ――そうだったな。ただいま、皆」
「ええ、ただいま帰りました」
 士郎と凛が、それぞれの帰国の挨拶を告げる。
「うんうん、お帰り、士郎に遠坂さん!」
「おかえり、シロウ! リンもね」
「お帰りなさい、姉さん、先輩」
「士郎、リン、お帰りなさい」
 大河、イリヤスフィール、桜、ライダー。口々に返ってくる、六年ぶりの再会を祝う嬉しげな声達。もっとも、約一名ばかり、その中に加わらない声があったりしたが。そういや、まだアイツの声聞いてないな、と士郎はキッチンの方にそっと目をやった。アーチャーがそこに移動して行ったのは、ちゃんと見ていた。
 こちらに向けられた調理中の背中。あの広い背中に少しでも追いつきたくて、士郎は高校卒業後、ロンドンの時計塔にて、凛の弟子扱いで魔術師として学ぶことを選択した。
 六年間。
 魔術修行は確かに大変ではあったが、辛くはなかった。元々、修行マニアといわれた士郎である。時計塔でのカリキュラムを一通り修了した士郎は、魔術師見習いから、いっぱしの魔術師に昇格した。これがばれたら即時に封印指定、の固有結界アンリミテツドブレイドワークスのことを隠し誤魔化しながら、というのが少々厄介だったくらいで、実際のところ、衛宮士郎にとって非常に有意義な六年間であったと思う。
 ただ。
 アーチャー。
 彼と一緒にいられなかった、という唯の一点だけを除けば。
 凛のサーヴァントとして召喚された、赤い外套を纏った弓兵。常に冷笑と嘲笑と厭味と皮肉を士郎に浴びせかけ、散々に反目し合い、遂には剣を交えての殺し合いまでした男。その一方で、まるで士郎を導こうとでもするかのように的確な助言を与えてきた、衛宮士郎の、理想の果ての姿、英霊エミヤ。
 無謬の剣技、理想を貫き通した強さと、その影に潜んだ絶望。皮肉屋の仮面の下に隠した、どうしようもないお人よしさ加減。手先は器用なくせに、裏腹にあり方はとことん不器用な男。
 そんな、アーチャー自身は矛盾だらけでみっともない、と厭う二面性に、気付けばいつの間にか惹かれていた。嫌いだと思っていたのに。反発しながらも、仄かに抱いていた憧憬は何時しか、士郎自身も知らない間に思慕へと形を変えていた。
 士郎がアーチャーに対する感情を自覚したのは、その誇り高い男が重傷を負い、魔力不足に陥って弱っているのを見た時だった。その姿を見るのが辛い――と、そう思った。
 だから、好きだと言って、傷ついた長身を組み敷いて、貪るようにして抱いた。魔力補給のため、なんて、きっと体のいい言い訳だった。欲しかったのだ、アーチャーが。いたたまれないほどに。
 アーチャーはというと、士郎の思いもよらない強引さに、半ば押し切られるような形だったものの、「馬鹿」「たわけ」「阿呆」「変態」「野獣」「変質者」などと、色々な罵詈雑言を投げつけながらも結局は受け入れ、衛宮邸に住むようになった。しかも、以前のように侮蔑や隔意を抱いて「小僧」「衛宮士郎」と士郎を呼ぶのではなく、「士郎」とごく普通に呼ぶにまで至った。また、アーチャーは、士郎の前でだけは、弓兵のサーヴァントとしてではなく、エミヤシロウとしての「素」を、取り繕わずに見せてくる。アーチャーが一人称に「私」ではなく「オレ」を使うのは、士郎の前だけだった。それは、明らかにアーチャーが士郎を「特別扱い」している証だった。
 とにかく強情で頑固な彼のことだから、決して、素直に好意めいた言葉などを士郎に示すことはなかったけれども。ただし、アーチャーは、実は自分が最終的には士郎に甘く、相当に甘やかしているということを、まるで気付いていなかった。そういう性格なのだ。人のことならとてもよく目が行き届くのに、自分のこととなると、とことん鈍い。その己への無頓着さから来るアーチャーの自己認識のズレっぷりに、時々頭痛がしそうになりながら、士郎はそんなところも可愛いとか思ってしまう。自分でも重症の自覚はある。
 そうして、士郎はアーチャーを真っ直ぐに求め、何だかんだでアーチャーは渋ったり拒んだりしながらも士郎に応え、士郎の下で幾夜も甘く啼いた。士郎が高校を卒業して、凛と共にロンドンに行くまでの間、二人が一緒に過ごした時間は、蜜月といっていいだろう。そう言うと、オレ達は男同士だとか自分同士だとか、頭の固いアーチャーが、心底嫌そうな顔をするのは目に見えているが。それでいて、はっきりと結ばれて以降、アーチャーが士郎自身を厭うことは決してなかった。お前は俺のものだ、という士郎の主張に、顔を顰めることはあっても。
 離れ難かった。本当は、毎日でも褐色の逞しい肢体を抱きたいくらいに、アーチャーの傍にいたくて仕方がなかったが、同じくらい強い思いも、士郎にはあった。
 アイツの隣に、ちゃんと胸を張って堂々と立てる男でありたい。
 だから、彼と離れることになっても、ロンドンに行った。後悔はしていない。離れている間、何度も不意に襲ってきた息苦しいほどの恋しさも、自分には彼が大切で必要なのだ、と改めて認識できたのだから。会えなかった時間は、士郎に鷹揚さを与えた。もう、ロンドンと冬木の距離の隔たりは無い。少し手を伸ばせば、思い出ではない、生身のアーチャーに触れることが出来る、と。
「それはそれとして」
 士郎は表情を改める。
「皆、六年間、ありがとうな。これからも、色々迷惑かけることもあるかもしれないけど、俺一人じゃ出来ないところとか、まあよろしく頼むよ」
 一瞬、場が水を打ったように静まり返った。
「シロウーッ!!」
 と。
 これまた、六年ぶりに見事な、通称・イリヤダイブ。
「うわ、わ、っと! 危ないぞ、イリヤ!」
 だが、六年前と違うのは、士郎が押し潰されることなく、しっかりとイリヤスフィールを抱きとめたこと、そして士郎に抱きとめられたイリヤスフィールが、僅かとはいえど確実に背丈を伸ばしていることだ。
「イリヤ、背、伸びたんだな」
 幾分か感慨深げに、士郎が言う。得意げに、イリヤスフィールは胸を張って見せる。
「ふふん、大きくなったのは士郎だけじゃないのよ」
「そうだな。何か……良かった」
「それにしても、シロウったら、ちゃんと人に頼ることも学習したのね、いい子ね!」
 イリヤスフィールは、「姉」の顔で士郎に笑って、抱きついたままで随分と大きくなった「弟」の頭を撫でた。
「そうだな、やっぱり、正義の味方って孤高のヒーローじゃないんだ。うん、俺はちゃんと、自分の進むべき道を分かった、と思う」
 正義の味方。衛宮士郎が目指し、エミヤシロウが捨てた夢。大切だからこそ胸に抱き、大切だからこそ絶望した理想。
 アーチャーとは違って、変わらないままの髪の色、目の色、肌の色。それは、人間のままで理想を目指すと決めた士郎の、得た答えの体現ともいえた発言だった。
「ま、際限なく腕を広げようとするところは、相変わらずなんだけどね。その辺りが士郎らしいというか、変えようがないというか」
 士郎に補足というより茶化すように、肩をすくめてそう言った凛は、くるりと身を翻した。
「ところで、アーチャー。このわたしに対して、お帰りの挨拶の一言も無しなの?」
 相変わらず、黙々とキッチンに立つ、広い背中に向けて非難めいた一言。ただ、口調は少し面白がっていた。
「突然、『明日帰るからよろしく』と電話されてきても、困るんだがね」
「あら、それはそれでしょ」
 悪びれない凛に対して溜息をついたのだろう、僅かにアーチャーの肩が上下した。
「……ああ、お帰り、凛」
 どうにも居心地の悪そうな声が、そう言った。
 士郎が帰国後初めて聞いた。アーチャーの第一声がそれである。俺のことは丸無視か、と思わないでもなかったが、彼のちょっとありえないくらいの意固地さはよく分かっているので、意外に士郎はがっかりしなかった。それどころか、当たり前だけどやっぱり変わってないんだな、と妙な安堵すらした。
 その辺りの自分の心の機微を、アーチャーが知ったら余計にいつもの眉間の皺が深くなるだろうかと、士郎は密かに苦笑する。
 そんな士郎の内心は内心であり、余人には知られるはずもなく、桜が片手と一緒に声を上げる。
「あ、アーチャーさん、わたしも準備お手伝いします」
「すまんな、桜。凛とゆっくり話をしたいだろうに」
「いえ、大丈夫ですよ。話をする時間は、これからたくさんあるんですから。」
「何か、あの男は相変わらずねえ。色んな意味で」
 座卓に両肘をついた凛は、桜と並んだアーチャーの後ろ姿を見やり、何だかしみじみと言った。イリヤスフィールが混ぜ返す。
「あら、リンったら、そこがアーチャーの良いところじゃない。まさか知らなかったの? ねえ、シロウ?」
「ノーコメント」

 ピンポーン。

 そこへ、玄関から、チャイムの音が響いてきた。
 士郎は立ち上がろうとしたが、ロンドンからの長時間のフライト帰りで疲れているだろう、と気遣ったセイバーが、それを制した。
「シロウは座っていてください。私が出てきます」
 ぱたぱたと軽い足音を立てて、セイバーは玄関に向かって行く。
「はい――ランサーに、ギルガメッシュではありませんか」
 引き戸を開けて、そこに立っていた赤い瞳の人物二人に、セイバーが軽く翡翠色の目を瞠った。
「よ、坊主と嬢ちゃん、帰ってきたんだってな」
「こんにちは、セイバーさん。ささやかですが、お二人の帰国のお祝いとして、お土産を持ってきました」
 蒼い髪をした槍兵のサーヴァントは肩からクーラーボックスをかけ、金髪の小柄な英雄王は手に大きな紙袋を提げていた。とある高級果物店の袋であることは、見る者が見れば分かる。この辺りの如才なさは、傲岸不遜極まりない、青年体のギルガメッシュからは考えられない。こういった良識とか言われるものを、成長過程の何処で落としてしまったのだろうか、とは双方のギルガメッシュを知る者達の共通した疑問である。
「シロウと凛が帰ってきたと、誰に聞いたのですか?」
「嬢ちゃんの妹だよ。昨日、オレのバイト先で立ち話ついでに嬉しそうに話してくれてな。で、こいつは一つ、祝いに駆けつけてやるか、ってことでよ」
 ランサーが片目を瞑って笑った。
「そうですか。賑やかになるのは、シロウも凛も喜ぶでしょう。どうぞ、上がってください」
「おう、邪魔するぜ」
「お邪魔します」
 靴を脱いだ客人が、セイバーの後ろに続いて居間に姿を現すと、少し驚いたようにして、それでもやはり懐かしい顔が増えたためか、士郎も凛も嬉しそうな表情を見せた。
「ランサー、ギルガメッシュ! 来てくれたんだ、久しぶりだな」
「お、嬢ちゃん、随分といい女になったじゃねえか」
「お兄さんも相当、見違えましたねえ……」
 六年ぶりの、それぞれの素直な感想をそれぞれ述べると、士郎はまあね、と笑い、凛は当然よ、という顔をする。
「おう、アーチャー、これ、手土産だ」
 ランサーはキッチンカウンターに歩み寄り、肩に掛けていたクーラーボックスを載せて、蓋を開いた。びっしりと氷の敷き詰められた中に鎮座ましましている魚の姿に、アーチャーはほう、という風に僅かに感嘆の色を目元に乗せた。
「……これはまた、見事なカンパチだな」
「凄えだろ! 今朝、水揚げされたばかりの、一番いいヤツを魚河岸で手に入れてきたんだぜ!」
「まあ、お金出したのはボクなんですけどね」
「いちいちうるせえよ」
 ランサーとギルガメッシュは、同じ(困った)人物をマスターとする共通点があるためだろう、意外といいコンビぶりである。
 現在では、彼らのマスターであるカレン・オルテンシアは本来の所属である聖堂教会の埋葬機関へと戻っており、無闇かつ無意味にこき使われることもなく、実に気侭に、特にランサー辺りはのびのびとその日暮らしを謳歌しているようだった。
「これは果物のゼリーですので、冷蔵庫に入れておいて下さい。デザートにどうぞ」
「ありがとうございます。あら、一緒に入ってるこの瓶は……ワイン、ですか?」
 ギルガメッシュから紙袋を受け取った桜が、中身を見て小さく首を傾げた。
「はい、ちょうどいいのが手に入ったので。せっかくだから、皆さんで開けてもらったらいいかな、と」
 さらっとギルガメッシュは言ったが、その瓶に貼られたラベルは実は、世界で最も高級なワインとして知られる、ロマネ・コンティのものだったりする。それを気前良く提供してくれるのは、さすが、王者の度量と言ったところだろうか。
 アーチャーがカンパチをさばいている間に、桜が中心となって、セイバーやライダーも手伝い、出来た料理を並べていく。ただ座っている、というのにどうにも落ち着かなくて、何度も士郎は腰を浮かしかけたのだが、その度に「主賓はどんと構えてなさい」と凛やイリヤスフィールや大河に押し留められた。
 そうやって、見事なカンパチの活造りが登場した頃、二つ繋げた座卓の上、溢れんばかりの料理が並べられ、各々のグラスに飲物も注がれ、すっかり宴会の準備が整った。
「じゃあ、士郎と遠坂さんの帰国を祝って、そんでもって、これからの皆の更なる健勝を祈って、かんぱーい!」
 大河が乾杯の音頭を取る。乾杯、と唱和してそれぞれの手に持ったグラスがかちりと合わされて、あちこちで涼やかな音を立てた。
 たちまちのうちに、大喧騒が起こる。人数が人数の上に、桁外れの胃袋を有する者が複数いるのだから、それはもう大騒ぎどころのレベルではない。差配のため、キッチンに一番近い場所に陣取ったアーチャーは、少し距離を置く形で、その賑やかさを眺めやっていた。
「あ、この梅酒美味しいです」
「桜、それはアーチャーが漬けたものですよ」
「えー! そんないいもの作ってたなんて、アーチャーさん教えてくれなかったじゃない!」
「タイガに教えたら、熟成させる前に全部飲まれちゃうからに決まってるでしょ、そんなの」
「何よーいくらわたしだって、そんな行儀の悪いことしないわよぅ」
「どうだか」
「安心してください。この私がいる限り、蔵の中の食物の安全は必ず守ってみせます!」
「あの蔵って、食物貯蔵庫でしたっけ……」
「アーチャーったら、ますます主夫じみてるわね。そのうち、庭に田んぼが出来てても驚かないわよ」
「結構、真剣に検討していたようですが」
「それにしても、やっぱりロンドンとは水の味が違うなあ……。向こうは硬水で、日本は軟水だから当たり前だけどさ」
「イギリスで美味しいものを食べたかったら朝食に限る、なんて、サマセット・モームは言ってたけど、あれは話半分どころじゃなかったわね! やっぱり日本はいいわー」
「あはは、世界一料理の美味しくない国と言われてますしね、イギリスって。しょうがないですね。お兄さんは食に拘りがあるから、大変だったでしょうね」
「なるほど、だから、アーチャーは不定期的に調味料などをロンドンに送っていたのですね」
「何だ何だ坊主、あんまり飲んでねえだろ。せっかく大人になったんだから、遠慮なんかすんな!」
「ちゃんと飲んでるって。アイリッシュ・パブの酔っ払いと一緒の絡み方だな……」
 人が楽しそうにしていると、アーチャーは自分の心も穏やかになる。人数が多ければ、尚更だ。グラスで口元を隠すようにして、密かに微笑む。
 一口中身を飲んでグラスの縁より唇を離すと、アーチャーは自分に向けられた琥珀の視線から、目を逸らすために立ち上がった。冷蔵庫に向かい、減らされた料理を座卓の上に補充する。その間も、アーチャーは士郎とは眼を合わせようとしなかった。
 ――帰ってきたことを、喜んでいないわけでは、決してない。
 ただ。
 六年の歳月の経過を、はっきりと見せ付ける士郎の、見つめてくる眼差しだけが変わっていないから。それどころか、年齢を重ねた分なのか、深さを増していることにアーチャーは嫌でも気付かざるを得なかった。
 何だって、こんなにもおさまりの悪い気にならなければならないのか。自分でもよく分からない苛立ちを抱えたアーチャーは、不意にがば、と組むようにして肩を抱きかかえられた。
「おいおい、何をしけた面してんだ」
「悪かったな。私は、元々こういう顔だ」
 仏頂面のアーチャーに対して、アイルランドの光の御子様はご機嫌だった。
「まあ、お前は酔い方が下手くそだからなあ。徹底的に飲むとなったら、潰れて寝ちまうし」
「……君の前であのような醜態を晒したこと、つくづく後悔しているよ……!」
「いいじゃねえか、別にオレは、寝たお前をおぶって、ここまで連れて帰ってやったこと、根になんか持ってないぜ?」
「仲がいいわよねー、アーチャーさんとランサーさん。そういや、よく二人で飲みに行ったり、港で一緒に釣りしたりしてたものねー」
 仲良きことは美しきかな、などと大河がうんうん頷いている。ランサーの台詞と合わせてそれを聞いた士郎が、微妙な表情を浮かべたのに、無論、アーチャーは気付いたが、見なかったふりをする。
 宴はたけなわだ。ここで自分のくだらない感情で余計な水を差すなど、無粋も甚だしい。絡んでくる相手を適当にあしらったり真面目に相手したりしながら、アーチャーは一人、忙しく立ち回るのだった。
 士郎の存在を、出来るだけ意識しないように、と。